しばらくして、彼が静かに口を開いた。
「俺は、何故お前を助けたのか分からない。」
驚く少女がえ、と声を漏らした。
「助けたかったから、助けた。
──王女はきっと、闇にいるべきではない。」
ざざ、と風は足下の草花を揺らして、花弁を宙へと巻き上げる。
形のよい薄い唇がゆっくりと言葉を紡いでいく様子を、ナナセは静かに見ていた。
「空からでもよく分かる。銀髪で青い瞳は、王家でお前しかいないと聞く。」
不揃いに切られた細い黒髪が風に揺れた。
風に遊ばれる髪を視界の隅に、ナナセは彼の金色の瞳を見つめる。
「俺が助けて悪かった。──お前を、こちらに引きずり込むかもしれない。」
「こちら……。」
どう答えるべきかわからなくって、彼をぼんやりと見つめた。すると少年が言葉を重ねた。
「分かるだろ?俺が改造人間、だと。」
「それは……その耳は魔術ですよね。」
きっとこれが冷たくなった国の力だと、ナナセは思う。
戦力として魔術で改造された人間がいる。柔らかそうな、猫の耳はそれがかつて生きていた証だ。彼もきっと、人生を狂わされた人。
──それを始めたのは、きっと父の執事、ライだ。自分があのとき逃げたせいで、生まれた運命だった。王女として、恥ずかしさを噛み締める。
また宙を舞う花びらに手を伸ばして、彼は切なく言う。
「俺は、十一から軍にいる。何故かその中から選ばれて、一生続く魔術をかけられた。」
ゆらり、こちらに寄越されたのは獣のような金の瞳。
「この耳はその時本物の猫から貰った、『生きてるホンモノ』。おかげで人より耳が聞こえて、目が見える。俺達は人間兵器だ。」
世界には消える魔術と消えない魔術があることは常識だ。少年のそれは、後者だと、魔術師でもあるナナセには分かる。
彼の過去に大きく自分たちが関わっていることで、胸が痛くなる。この少年の苦しみは、自分のせいだ。
「同じように改造された仲間ももうほとんど死んだ。闇のうちにいるモノの近くにいたら、巻き込まれてしまうぞ。」
背を向けられたら、表情は窺い知れない。けれども少年の声音と背中が、痛々しく思えた。
「闇の……」
「──俺はもう、人間じゃない。そういう意味のこちらがわ。」
振り返った彼が見せた諦めに似たような、悲しい瞳。その目にはちゃんと、人の心があった。
「俺は、何故お前を助けたのか分からない。」
驚く少女がえ、と声を漏らした。
「助けたかったから、助けた。
──王女はきっと、闇にいるべきではない。」
ざざ、と風は足下の草花を揺らして、花弁を宙へと巻き上げる。
形のよい薄い唇がゆっくりと言葉を紡いでいく様子を、ナナセは静かに見ていた。
「空からでもよく分かる。銀髪で青い瞳は、王家でお前しかいないと聞く。」
不揃いに切られた細い黒髪が風に揺れた。
風に遊ばれる髪を視界の隅に、ナナセは彼の金色の瞳を見つめる。
「俺が助けて悪かった。──お前を、こちらに引きずり込むかもしれない。」
「こちら……。」
どう答えるべきかわからなくって、彼をぼんやりと見つめた。すると少年が言葉を重ねた。
「分かるだろ?俺が改造人間、だと。」
「それは……その耳は魔術ですよね。」
きっとこれが冷たくなった国の力だと、ナナセは思う。
戦力として魔術で改造された人間がいる。柔らかそうな、猫の耳はそれがかつて生きていた証だ。彼もきっと、人生を狂わされた人。
──それを始めたのは、きっと父の執事、ライだ。自分があのとき逃げたせいで、生まれた運命だった。王女として、恥ずかしさを噛み締める。
また宙を舞う花びらに手を伸ばして、彼は切なく言う。
「俺は、十一から軍にいる。何故かその中から選ばれて、一生続く魔術をかけられた。」
ゆらり、こちらに寄越されたのは獣のような金の瞳。
「この耳はその時本物の猫から貰った、『生きてるホンモノ』。おかげで人より耳が聞こえて、目が見える。俺達は人間兵器だ。」
世界には消える魔術と消えない魔術があることは常識だ。少年のそれは、後者だと、魔術師でもあるナナセには分かる。
彼の過去に大きく自分たちが関わっていることで、胸が痛くなる。この少年の苦しみは、自分のせいだ。
「同じように改造された仲間ももうほとんど死んだ。闇のうちにいるモノの近くにいたら、巻き込まれてしまうぞ。」
背を向けられたら、表情は窺い知れない。けれども少年の声音と背中が、痛々しく思えた。
「闇の……」
「──俺はもう、人間じゃない。そういう意味のこちらがわ。」
振り返った彼が見せた諦めに似たような、悲しい瞳。その目にはちゃんと、人の心があった。

