ふわ、としたのは一瞬で、次の瞬間には抱き上げられていた。
大きくなってから抱き上げられたのは、はじめてのことで心がふわりと浮わついた。
「飛ぶぞ、」
耳元で聞こえた声に、ナナセははいと返事を返す。
力を抜けと言われても、それは無理な話だった。努めて負担がかからないように構えると、彼は路面を蹴り空へと飛び上がった。髪が、服の裾が風になびいて、空へと舞い上がる。
「わ、あたしが飛ぶときとは全然違う、」
初めての感覚に、少女の声が思わず弾んだ。少年は驚いたように空から彼女へと視線を移した。
「王女も、空を飛ぶことが好きなのか?」
「うん、空を飛ぶのは好きよ。あなたも好きなの?」
「あぁ。空を飛ぶのは気持ちいいし、俺も好きだな。」
ちらりと見上げた綺麗な顔は、さっきより僅かに優しく見えた。
「そうなん……ですか。」
少年への警戒を忘れかけていた自分に、気が付いていた。
抱かれているその胸に、身体全部を預けてしまいそうになることも、それが危ないことだということも、気付いている。
なにも今更足掻かなくても、と身の内の囁き声を、懸命に追い出す。
気を許してしまいそうになるのは、彼の不思議な雰囲気からなのか。
さっき出会ったばかりの人だというのに、ずっと知っていたような人だった。
地上を見ると、どんどんと都会の街並みからは遠ざかって緑がちらほらと目立ち始めていた。景色の移り変わりをぼんやりと感じていると、緊張や疲れからか眠たくなった。優しく運ばれているのは本当に心地よかった。
少年が地面に降り立った衝撃で、微睡みから浮上した。
「着いたぞ。」
ナナセが足を下ろしたのは、色とりどりの花々が咲き誇る草原だった。ちょうど秋の花たちが咲き揃うこの時期の草原は、本当に見事だった。
「うわ……!」
少年を振り返ると、身を屈めて花を見ていた。
彼がこんな場所を知る優しい人には見えなくて、ナナセは思わず小さく笑ってしまった。
「なんだよ、何がおかしい。」
言いつつ、彼は風に舞う花びらに手を差し出す。さっきまでの彼の面影はどこにも無くて、ずっと幼く見えた。
「あなたがこんな綺麗な場所、知ってることに驚きました。あなたはとても強くて、優しくは見えなかったですから……。
……でも、ほんとに綺麗な場所。」
ナナセが風に乗せた声は、泣きそうともとれる声になってしまった。
きっとそれは、なにもないこの草原の優しさのせいだ。
ナナセの微笑みに、彼もぎこちなく笑った。
「あぁ。綺麗だろ。いつの間にかよく来るようになった。」
ぎこちない彼の話し方が、ナナセは気にならなかった。それよりも水中で空気を得たように、心がじわりと安らいでいく気がした。
大きくなってから抱き上げられたのは、はじめてのことで心がふわりと浮わついた。
「飛ぶぞ、」
耳元で聞こえた声に、ナナセははいと返事を返す。
力を抜けと言われても、それは無理な話だった。努めて負担がかからないように構えると、彼は路面を蹴り空へと飛び上がった。髪が、服の裾が風になびいて、空へと舞い上がる。
「わ、あたしが飛ぶときとは全然違う、」
初めての感覚に、少女の声が思わず弾んだ。少年は驚いたように空から彼女へと視線を移した。
「王女も、空を飛ぶことが好きなのか?」
「うん、空を飛ぶのは好きよ。あなたも好きなの?」
「あぁ。空を飛ぶのは気持ちいいし、俺も好きだな。」
ちらりと見上げた綺麗な顔は、さっきより僅かに優しく見えた。
「そうなん……ですか。」
少年への警戒を忘れかけていた自分に、気が付いていた。
抱かれているその胸に、身体全部を預けてしまいそうになることも、それが危ないことだということも、気付いている。
なにも今更足掻かなくても、と身の内の囁き声を、懸命に追い出す。
気を許してしまいそうになるのは、彼の不思議な雰囲気からなのか。
さっき出会ったばかりの人だというのに、ずっと知っていたような人だった。
地上を見ると、どんどんと都会の街並みからは遠ざかって緑がちらほらと目立ち始めていた。景色の移り変わりをぼんやりと感じていると、緊張や疲れからか眠たくなった。優しく運ばれているのは本当に心地よかった。
少年が地面に降り立った衝撃で、微睡みから浮上した。
「着いたぞ。」
ナナセが足を下ろしたのは、色とりどりの花々が咲き誇る草原だった。ちょうど秋の花たちが咲き揃うこの時期の草原は、本当に見事だった。
「うわ……!」
少年を振り返ると、身を屈めて花を見ていた。
彼がこんな場所を知る優しい人には見えなくて、ナナセは思わず小さく笑ってしまった。
「なんだよ、何がおかしい。」
言いつつ、彼は風に舞う花びらに手を差し出す。さっきまでの彼の面影はどこにも無くて、ずっと幼く見えた。
「あなたがこんな綺麗な場所、知ってることに驚きました。あなたはとても強くて、優しくは見えなかったですから……。
……でも、ほんとに綺麗な場所。」
ナナセが風に乗せた声は、泣きそうともとれる声になってしまった。
きっとそれは、なにもないこの草原の優しさのせいだ。
ナナセの微笑みに、彼もぎこちなく笑った。
「あぁ。綺麗だろ。いつの間にかよく来るようになった。」
ぎこちない彼の話し方が、ナナセは気にならなかった。それよりも水中で空気を得たように、心がじわりと安らいでいく気がした。

