向かい合った少年とキンヤがほとんど同時に地面を蹴り、振りかぶった。キンヤの手には短刀、男は素手。ナナセの目には勝敗は明らかだった。いくら強い彼でも短刀に素手なら、短刀を持つキンヤが勝ってしまう、と。

自分も彼も捕まるんだと思うと、負けてしまう少年を見たくなくて、ナナセは咄嗟に堅く目をつぶった。

「ぐぅっ……!」

程なくして漏れた呻き声にこわごわ目を開けたナナセは、視界に映った光景に瞳を見開いた。
立っている人がひとり、崩れ落ちる人がひとり。立っているのは、黒い髪を隠すみたいに不思議な帽子を被った少年だった。ナナセからは背中と横顔しか見えない。

このあと自分を捕まえて、売り払ってもおかしくない。どうして助けてくれたのかも分からないそんな人に、一瞬警戒心を忘れて、見とれた。

纏う空気が、痛々しい人だった。

彼はキンヤに近寄り、キンヤが最後まで手放さなかったルイの石を探す。キンヤのポケットにあったルイの石を取り出し、少年がキンヤから視線を外した。
その時、キンヤが残った意識とほんの少しの力で、少年に斬りかかった。すぐに気づいた少年はキンヤを抵抗ができないように腕を押さえたが、遅かった。

短刀は少年の右頬と被っていた布地の帽子を掠めた。浅く切られた頬からは血が吹き出る。そして使い物にならなくなった帽子は、パサリと音を立てて呆気なく足元に墜ちた。もう抵抗が出来ないキンヤは、呆然と呟く。

「おまえまさか……改造人間、か……?」

暗い路地裏に、キンヤの声が不気味なほどよく響いた。

少年の姿は、普通ではなかった。黒い肩に届くか届かないかの長さの真っ黒な髪。後ろからはそれくらいしか分からない。

だがひとつ、普通は無いものがあった。彼の頭から生えているのは──黒い猫のような大きな耳。

「そうか……普通の俺たちは“化け物”のお前には勝てないよな……。」

嘲るようなキンヤの言葉に少年の肩が強張るのが、ナナセからも見えた。鈍い音がして、それきりキンヤは黙った。大方気絶したのだろう。

そしておもむろに彼はナナセのほうを振り返った。ナナセははじめて、彼の顔を見ることができた。
急に視線を向けられた緊張から強張る体を誤魔化して、唇を引き結び顔をあげる。空色の瞳を真っ直ぐに、何を言われても負けないように拳に力を込めた。


少年は自分が彼女を見ると同時に見つめ返されて、驚いたように目を合わせた。

少年は刀傷から流れ落ちる血すら気に留めずに。少女は痛め付けられた傷をそのままに。

痛みなんて、忘れてしまった。

彼の生きる姿に、彼女の意思に、お互いに思ってしまった。

──綺麗、と。