──気が付けば、左耳に鈍い痛み。
触れればぬるりと血の感触。一瞬、気を失っていたらしい。まだ目の前にいる男たちをアスファルトに乗しかかられたままに呆然とキンヤを見上げた。
「これが国の秘宝のルイの石か……小さいものだな。」
そう話す男が手に持っているものは、血に染まった金色に光る宝石。それは彼女の左耳にあったもの。
「魔力のある奴がつければ莫大な魔術が使えるようになるらしいぜ。」
絶対に守らないといけないものなのに、と歯を食い縛ってもどうにもならない。
「しっかし、強いですねこの女。こいつはどうします?」
「そいつは連れていけ。金になる。」
キンヤは尋ねてきた手下には目もくれず、血に染まってなお威厳を失わない金の飾りを手の中で転がしていた。
捕まるのだろうか。殺されるのだろうか。やらないといけないことがあるのに、と焦るナナセは意識が追い付かない。
──捕まったままで、あの人に会えるかな。
動揺と冷静な心が入り乱れて、ぐらりと瞳が揺れた。
ビルの隙間から見える青い空がゆらゆらと歪む。どうすれば、と空を見つめた。
「へぇ、これが闇の世界……か。」
場に似合わない低い声は、空から降ってきた。ナナセは男たちに体を掴まれたままの体勢で空を声の主を探す。
「誰だ!!」
焦点の合わない瞳で見上げるが、ぼんやりとしか見えない。ビルの屋上に腰かけて、こちらを嘲笑うように見下ろす男。
その男がナナセに目をあわせて、目を細めた気がした。その表情は大人びた顔立ちに、少年らしい印象を与える。
キンヤたちは再び武器を構えて屋上の男を見上げていた。彼らの警戒が見えていても躊躇うこと無く飛び降り、音もなく男はキンヤの前に降り立った。
ナナセの目の前で、彼の動きに合わせて帽子と背中の布地がふわりと揺れた。
「──よう。」
さっきの低い声が、静まり返った路地裏に響く。
「誰だっ!!」
帽子を被ったその男はその質問には答えずに、目の前のキンヤに言う。
「それ、返せよ。」
それ、と男が指を指しているのはナナセの血に濡れたルイの石だった。低くて小さい、けれどもよく通る声で、もう一度男は呟く。
「……返せよ。」
「なんっで、お前なんかに渡せるかよ!」
目の前で怒鳴るキンヤを冷めた目で見下ろす男は、ナナセをちらりと振り返る。
「……その王女も、その石も離してもらう。」
男はキンヤの左手に手を伸ばす。静かに伸びてきた男の手に、キンヤは反応することを忘れたように動かなかった。
重ねられた手の中でばきりと鈍い音がして、キンヤの左手が不自然な方向に折れ曲がった。
「え……?」
右手の握力だけで手の骨をへし折ったのだと状況を理解するのに数秒。
理解して初めて、痛みが襲ってきたキンヤは顔を歪め崩れ落ちた。それを見て、意識のある男たちが少年に襲いかかった。
拘束していた男たちも戦いに参加し、ナナセも束縛からは解放される。
ナナセは首狩りには負けない自信がある。名の通る首狩り達を魔術で退けてきた。他の賞金首と違って、自分を狙う首狩りでさえ殺さないと知れ渡っている王女を狙う人間は多い。
莫大な魔力と攻撃力の強い魔術師だと昔から評判だったその力を使えば捕まることは無かった。その彼女が負けたということは、彼らに人数があることを考えても相当強いということだ。
そんなキンヤたちが、目の前でいとも簡単にやられていく。軽い身のこなしの少年の前では屈強な男たちがまるで赤子のようだった。
残ったのはキンヤと、ナナセと少年だった。闇に染まった路地裏に、三人が取り残される。
触れればぬるりと血の感触。一瞬、気を失っていたらしい。まだ目の前にいる男たちをアスファルトに乗しかかられたままに呆然とキンヤを見上げた。
「これが国の秘宝のルイの石か……小さいものだな。」
そう話す男が手に持っているものは、血に染まった金色に光る宝石。それは彼女の左耳にあったもの。
「魔力のある奴がつければ莫大な魔術が使えるようになるらしいぜ。」
絶対に守らないといけないものなのに、と歯を食い縛ってもどうにもならない。
「しっかし、強いですねこの女。こいつはどうします?」
「そいつは連れていけ。金になる。」
キンヤは尋ねてきた手下には目もくれず、血に染まってなお威厳を失わない金の飾りを手の中で転がしていた。
捕まるのだろうか。殺されるのだろうか。やらないといけないことがあるのに、と焦るナナセは意識が追い付かない。
──捕まったままで、あの人に会えるかな。
動揺と冷静な心が入り乱れて、ぐらりと瞳が揺れた。
ビルの隙間から見える青い空がゆらゆらと歪む。どうすれば、と空を見つめた。
「へぇ、これが闇の世界……か。」
場に似合わない低い声は、空から降ってきた。ナナセは男たちに体を掴まれたままの体勢で空を声の主を探す。
「誰だ!!」
焦点の合わない瞳で見上げるが、ぼんやりとしか見えない。ビルの屋上に腰かけて、こちらを嘲笑うように見下ろす男。
その男がナナセに目をあわせて、目を細めた気がした。その表情は大人びた顔立ちに、少年らしい印象を与える。
キンヤたちは再び武器を構えて屋上の男を見上げていた。彼らの警戒が見えていても躊躇うこと無く飛び降り、音もなく男はキンヤの前に降り立った。
ナナセの目の前で、彼の動きに合わせて帽子と背中の布地がふわりと揺れた。
「──よう。」
さっきの低い声が、静まり返った路地裏に響く。
「誰だっ!!」
帽子を被ったその男はその質問には答えずに、目の前のキンヤに言う。
「それ、返せよ。」
それ、と男が指を指しているのはナナセの血に濡れたルイの石だった。低くて小さい、けれどもよく通る声で、もう一度男は呟く。
「……返せよ。」
「なんっで、お前なんかに渡せるかよ!」
目の前で怒鳴るキンヤを冷めた目で見下ろす男は、ナナセをちらりと振り返る。
「……その王女も、その石も離してもらう。」
男はキンヤの左手に手を伸ばす。静かに伸びてきた男の手に、キンヤは反応することを忘れたように動かなかった。
重ねられた手の中でばきりと鈍い音がして、キンヤの左手が不自然な方向に折れ曲がった。
「え……?」
右手の握力だけで手の骨をへし折ったのだと状況を理解するのに数秒。
理解して初めて、痛みが襲ってきたキンヤは顔を歪め崩れ落ちた。それを見て、意識のある男たちが少年に襲いかかった。
拘束していた男たちも戦いに参加し、ナナセも束縛からは解放される。
ナナセは首狩りには負けない自信がある。名の通る首狩り達を魔術で退けてきた。他の賞金首と違って、自分を狙う首狩りでさえ殺さないと知れ渡っている王女を狙う人間は多い。
莫大な魔力と攻撃力の強い魔術師だと昔から評判だったその力を使えば捕まることは無かった。その彼女が負けたということは、彼らに人数があることを考えても相当強いということだ。
そんなキンヤたちが、目の前でいとも簡単にやられていく。軽い身のこなしの少年の前では屈強な男たちがまるで赤子のようだった。
残ったのはキンヤと、ナナセと少年だった。闇に染まった路地裏に、三人が取り残される。

