空色の瞳にキスを。

覚悟はしていた。

…していたはずなのに。

アズキは呆然としてハルカだった彼女を見上げる。

「ハルカ…。」

アズキは、『ハルカ』のその姿を見て、それしか言えなくなる。

「あたし、ハルカじゃ、ないよ。

本当の名前は、…っ…ルイ・ナナセだよ…」


無意識に、アズキは小さく身構えた。

それは、ナナセの姿は、見れば生きて帰れないと聞いていたから。
そうだとしても。

ハルカだった彼女に、恐れを抱いたようで。
アズキは自分が恥ずかしくなった。

「ルイ・ナナセ…。」


見上げた彼女は、いつになく澄んだ瞳をしていて。

賞金首なんて、何かしら罪を抱いた人なのに、どこか彼女は違っていた。

「そうだよ…。
あたしは、ルイ国第一王女、ナナセ。

本当は、誰にも言わずに出ていくつもりだったんだけどね…。」
そう言う彼女は、悲しそうにいつものように瞳を伏せた。

アズキはごくりと唾を飲み込む。

「私、…ナナセ様を信用しても、いいの…?」

ナナセに対してアズキは様を付けて身分を高くした。
ナナセは、自分勝手だ、敬われるのが好きだと聞いていたから。

今は、綺麗で澄んだ彼女が、怖かった。
どこかこの世のものでないようで。

「親も守れないような王女に、様なんか要らないよ。」

ナナセはそう答えた。

ライの裏切りを知らないアズキは戸惑いながら返事する。

「…?すみません…。」

やはり敬語が抜けないアズキに、ナナセは悲しそうな顔をした。

「…ナナセもハルカもあたしだから…。
さっきみたいに、普通に喋ってよ…」

顔はお互いに見えない。
けれど、友達だった、二人。
見えなくても、何が言いたいのか、分かる。

「ハルカだった時は、姿だけを変えただけ。
性格はあのまま…。

それにね、アズキ。
…信じてくれなくても良いよ。

…だけどね、あたし、とうさんを殺してないんだよ。」

アズキが大きく瞳を見開く。

「…え…。」

…─噂とは全然違う。
アズキが聞いてきた話と食い違っている。

銀色の髪と、青い瞳が薄く輝く。

「あたしの…、本当の昔話をしてあげる。」

ふと外を見ると、空は曇り、月はいつの間にか隠れていた。