空色の瞳にキスを。

ハルカの部屋から、嫌に明るい月が見える。その月明かりの中、彼女はカバンに荷物を詰め込む。もともと自分の荷物は少ないし、必要最小限しかないので、旅行用の鞄ひとつで旅をしていた。

持ってきたブラウス、ネクタイ、スカート。まだまだ統一化のなされていないこの国では外国かぶれのものばかり。
この国独自の装いではなく、フェルノールに占領された最に流入してきたもののひとつである。
けれども現王が嫌う先代の象徴の青い衣類が多く、フェルノールの支持派ではないことも窺える。

まだこの国では奇抜なものとして見なされるが、毎日身に付けている彼女の大切なものだった。小さな黒色の鞄に身の回りのものを詰め込む。

唇をぎゅと引き結んで、それでも、小さな声がひとつ。

「ごめんね……。」

言わないと決めていたことが、思わず口から零れた。けれど両手は荷物を詰めて、この居場所を失う準備をしている。

今、ここにいたことを残さないように。
この場所から消え去るために。

ぎゅう、とブラウスを握り締める。

潔く去るには、ここが好きだなんて思ってはいけないのに。余分な感情なんて捨てるべきなのに。ハルカはいつのまにか、この場所を手放したくなくなっていた。

こんなことは、初めてだった。

他の町では、この魔力と医療技術から恐れられてきた。こんなに優しい信頼なんて、知らない。
もうひとつ彼女たちに隠している秘密も、忌み嫌われる種だった。そんな境遇だから友達なんていなかった。名前を呼んでくれる人なんていなかった。

「あたしに笑いかけてくれる人なんて、いなかったのにな……。」

いつの間にか、手を止めていた。認めたくなんて、無かった。認めてしまったら、ここを去れなくなる気がして。

──それでもこの場所が


「──好きだなぁ……。」

大事な人を失いたくないのに、自分の隣には幸せなんて無いのに、彼らの隣にいたいと願う自分に腹が立たしくて悔しくて、涙がひとつ、頬を伝った。

昔諦められた何もかもを、諦め切れなくなったみたいで、そんな思いがけない自分の変化に揺らいだ。

小さな欲望が命取りだって、ハルカは痛いくらいに知っている。涙がまた零れることの無いように、俯き唇をきつく噛んだ。
またハルカが荷物を詰める手を動かし始めると、背を向けていた扉が軋みながら開いた。

「ハルカ……?」
「……アズキ。」

床が軋む音と共にアズキが近付いてくる気配がした。けれどもいつもより近くに寄って来ること無く、少し距離を置いて立っていた。

「なんで明かりをつけないの?ハルカの力があれば簡単でしょ?」

暗闇を良いことに涙を拭い、アズキがいるであろう方向に、明るく繕い笑って相槌を返す。けれどもハルカは魔術で明かりを灯そうとはしない。またアズキも無理に光を灯しには行かない。二人ともが黙りこむ。