空色の瞳にキスを。

 夢を追うアズキには、ひとつ不思議なことがあった。寝込んだナナセを家に残して、一日一回必ず彼は消えるのだ。けれどナナセが目覚める頃には必ず居て、看病を怠っている訳ではなかった。

 それからナナセは一週間ほどで回復した。けれど少女は必ず夜には啜り泣いた。その時に彼が起きていたなら、彼は眠るまで側に居た。そして昼間はぼんやり外を見ていて生気がない。そんな時少年はその姿をじっと見つめて、沈んだ顔をするのだ。

「ねえ、俺と散歩に行こうか。」

 ある日突然少年がそんなことを言い出した。目の前の青い瞳は丸く見開かれ、椅子に座ったまま少女は固まった。

「ほら帽子。」

 少年がぽん、とナナセの頭に乗せたのは、大きな帽子だ。

「それで髪をまとめて隠して。」

 にこにこ笑う少年に、渋々といった感じでナナセはゆるゆると帽子を被った。前髪や裾がちらりと見えるものの、短い髪に彼のお下がりであろうその格好は、さながら村の子供のようだ。似合う似合うとひとりで満足げに笑うと、早速彼はナナセを連れ出す。

「どこへ行くの?」

 手を引かれて山道を歩きながら、ナナセが問いかけた。その怯えたような声色に少年は微かに肩をすくめて、笑った。

「君をいじめたりはしないよ。ただ、会わせたいやつがいるんだ。」

「い……」

「平気平気。秘密を守ってくれるやつだから。」

 嫌がる少女にへらりと笑って、彼は少女の手を離さない。少年は彼女をぐんぐん引っ張って、山の奥へと連れていく。

「ほら、着いたよ。」

「うわ、」

 唐突にひらけた土地に、小さな驚きの声があがる。アズキがふたりの背中と共に見たのは、一面のすすき野原だった。

 一面揺れる黄金色に埋もれるように、古ぼけた祠が見える。

「来たよ。」

 ぽつりと彼が呟いた。

 ざわり、すすきが波打った。

 アズキがそれに気を引かれている間に、どこからか目の前に怪物が現れた。

「──お前か、子供。」

 赤い鱗に赤い瞳。両生類に翼が生えたようなその生き物は、少年に向かってそう喋った。

「そうだよ、僕だよ。約束通り連れてきたよ。」

 虹色の瞳をまっすぐ怪物へ向けて、少年は笑った。