幼い子供を追いかけつつ、アズキは頭が真っ白になった。人の過去を見るなんていけないことなのに、なにかと理由をつけて気になって追いかける自分自身に、アズキはひどく戸惑った。
国一を誇る魔力を持つと聞いた彼女なら、魔術を使えば早く逃げられるはずなのに、普通の子供のように遅い。アズキの目の前の少女は、切羽詰まったようにふらふらしながら走り続ける。村人たちは音の正体を確かめようと彼女を追い掛ける。音が近づくと子供は焦り、何度も躓いて転んで、マントが翻り、何度もドレスが見える。
途中で雨も降り出した。この森には果てがないのか、彼女ががむしゃらに走り続けても森は暗くなるばかりで、出口は見えない。しまいには本降りになり、それでも子供は覚束ない足取りで木々の間を縫うように走る。けれども子供の体力では限界が早くて、木の根に躓いて転んだまま起き上がれなくなる。
魔力をいっこうに使おうとしない彼女に、ぽん、と思い付いた。いつかに彼女は言っていた。自分は燃費の良い方ではないと。
──この子はあの大きな魔力を全部使って、切らしてしまったのか。
意識もおぼろなのか子供は倒れたまま動かない。雨がしとしとと子供の頬を滑り落ちていくのを、アズキはただ黙って見ているしかなかった。
夢の中では時間の感覚は曖昧になる。
森の中を村の男たちが歩き回って、あわや見つかる、などという事態も終わった。彼女が踞る木の根はちょうど窪みになっているようで、運が良かったらしい。
それから経った時間は短いのか──それとも長いのか分からないが、濡れた山道を歩く足音が遠くから聞こえてきた。それはやがて近付いて、意識を失った子供の前にしゃがみこんだ。
「……ソウレイの言っていた侵入者は、この子のことかな。」
ぽつり、独りごちる先程からの足音の主も頭巾を被っていたので、どんな人間か計り知れなかった。ただ、アズキが聞いた声が男のものらしかった。
「髪は隠しておけ、だっけ。」
彼は子供のフードを手早く被り直させて、抱えあげた。
「──さて、帰るか。」
森の暗がりに向かってすぅ、と目を細めて微笑んだ。いくらかすると、背を向けて歩き出した。
顔の隠れた彼の唇の弧に目をとられていたアズキが、もしその視線の先に目をやっていれば、彼女も同じように精霊が見えただろう。そして魔力の見える人間だと気付いたはずだ。
国一を誇る魔力を持つと聞いた彼女なら、魔術を使えば早く逃げられるはずなのに、普通の子供のように遅い。アズキの目の前の少女は、切羽詰まったようにふらふらしながら走り続ける。村人たちは音の正体を確かめようと彼女を追い掛ける。音が近づくと子供は焦り、何度も躓いて転んで、マントが翻り、何度もドレスが見える。
途中で雨も降り出した。この森には果てがないのか、彼女ががむしゃらに走り続けても森は暗くなるばかりで、出口は見えない。しまいには本降りになり、それでも子供は覚束ない足取りで木々の間を縫うように走る。けれども子供の体力では限界が早くて、木の根に躓いて転んだまま起き上がれなくなる。
魔力をいっこうに使おうとしない彼女に、ぽん、と思い付いた。いつかに彼女は言っていた。自分は燃費の良い方ではないと。
──この子はあの大きな魔力を全部使って、切らしてしまったのか。
意識もおぼろなのか子供は倒れたまま動かない。雨がしとしとと子供の頬を滑り落ちていくのを、アズキはただ黙って見ているしかなかった。
夢の中では時間の感覚は曖昧になる。
森の中を村の男たちが歩き回って、あわや見つかる、などという事態も終わった。彼女が踞る木の根はちょうど窪みになっているようで、運が良かったらしい。
それから経った時間は短いのか──それとも長いのか分からないが、濡れた山道を歩く足音が遠くから聞こえてきた。それはやがて近付いて、意識を失った子供の前にしゃがみこんだ。
「……ソウレイの言っていた侵入者は、この子のことかな。」
ぽつり、独りごちる先程からの足音の主も頭巾を被っていたので、どんな人間か計り知れなかった。ただ、アズキが聞いた声が男のものらしかった。
「髪は隠しておけ、だっけ。」
彼は子供のフードを手早く被り直させて、抱えあげた。
「──さて、帰るか。」
森の暗がりに向かってすぅ、と目を細めて微笑んだ。いくらかすると、背を向けて歩き出した。
顔の隠れた彼の唇の弧に目をとられていたアズキが、もしその視線の先に目をやっていれば、彼女も同じように精霊が見えただろう。そして魔力の見える人間だと気付いたはずだ。

