山の朝は冷える。霜が降り、かすかに雪が積もった山の中腹に、ナナセはファイの容貌で立っていた。もうナナセの容貌ではここには立てない。誰に見つかっても何も言えない立場にある。ルグィンは近くまで付いてきてもらって、頼み込んで分かれてきた。
 昨日のこともある。何かあれば絶対に来るからとナナセはすでに脅されている。

 もう8年前のものになる、古ぼけ始めた石碑をファイは撫でて、目を細めた。

「兄ちゃん……久しぶりだね、」

 片手に抱えた花束を抱え直した。
 月日が経つのは驚くほど早い。人は訪れず、草木に埋もれた石碑は知る人でなければ見逃してしまうだろう。この下で眠る彼は、自分の墓が緑で埋もれていると聞いたらどう思うだろうか。自分の記憶にある彼は、この状況を穏やかに笑って面白がってくれるはずだ。

「あたし、兄ちゃんと同じ歳になったよ。……あたし、もう逃げるのはやめようと思うの。頑張るね。」

 そのとき、ファイの背後で枝を踏みしだく音がした。
 振り返ったファイが見たのは自分よりも年上の女だった。彼女は花を抱えて、片手には箒を持っている。記憶の中に彼女に思い当たる人がいて、ファイはぞっとした。背中まである薄い紫苑の髪は後ろで束ねられて、随分面影はなかった。

「やっと、会えた……。」

 その声には喜びはなかった。されど憎悪もなかった。たくさんの思いが混じった、つぶやきだった。