目が覚めたら見慣れぬ天井が滲んで見えた。
そうだ、ここは宿屋の天井だ。昨日二軒めの宿を取って、結局用心して少し広い一部屋を借り、間仕切りをしながら二人で使ったのだ。

瞬きすれば目尻からしずくが滑り落ちた。
そっと隣を見ると、ルグィンの姿はもうベッドにはなかった。焦って部屋を見渡し、窓際に大きな背中を見つけてナナセはたまらなくほっとした。昨日の出来事が嘘みたいにいつもの背中で、向かう足が逸る。ほとんど背中に頭をぶつけるようにルグィンにたどり着いた。ルグィンの手の中の食器がふたりに合わせて音を立てた。

「どう、した。」

 背中に張り付いて動かないナナセにルグィンはどきりとする。シャツを握ったその手が小さく震えていた。
 少し間をおいて話し出した声色はどうしたって涙声だった。

「夢を、見ていたの。」
「――どんな。」

 怖くなってナナセは顔をシャツに埋めた。安堵とともに涙がこぼれる。

「小さいあたしを助けてくれた人が、あたしを匿っていたことがばれて、ころ「もういい。……それは夢ではないんだろ。」

 何とも判別のできない掠れた声が服でくぐもる。

「好きなだけそうしていればいいから、」

 誰もアンタをはねのけないよと、ルグィンが静かに呟いたのが聞こえた。
 誰でもいいはずなのに、すがろうと手を伸ばすのはいつもこの人だった。本来敵対する立場の彼に関わればいつかこうして巻き込むと分かっていたのに、どうしてやめられなかったのか。もう彼はお尋ね者で、もう軍に戻れないのだ。

「ごめん、本当に、ごめん……。」

 ――貴方を危うくするのに、好きでいて、本当にごめん。

 続けた心は言葉にする勇気もなくて、漠然とした謝罪に終わる。背中の彼は特に気にせず湯を沸かしている。しばらくしていいよと、優しい声が落ちてきた、気がした。