スズランが硝子越しに見上げていた闇夜を、ベランダからナナセは直に見上げていた。

アズキはもう寝ている。
こんなことをしているとばれたら、きっと怒って部屋に引きずり込もうとするだろう。

心配性の彼女の怒った顔が簡単に脳裏に浮かんでくすりと笑うと、その白い吐息は夜風がそっと運んでいく。

分厚いコートを着込んで、魔術で寒さを和らげてまで空を仰ぐ。空から父の声が降ってきやしないかと思えど、願いは叶わない。

「あたしが、変えたいって願うのは本当に正しいこと?」


白く消える悩みは答えなく消えて行く。


──あたしが王になろうとするのは、あたしが王になりたいと願うのは、自己満足ではないだろうか──


そんな思いが頭から離れない。
迷路のようで、歩みを止めずに巡っても、答えは出なくて出口はない。息苦しさばかり募る。


本気で王座を見据え出してから、この問いから逃れられなくなった。

たしかにこの国は変わる必要がある。
けれどそれをそんな大事な役を自分が引き受けてもいいのかと、まだ彼女は躊躇っている。
確かにルイの直系で、唯一血を継ぐ。
誰よりも、血の上ではふさわしいかもしれない。

けれどナナセは政を知らない。
国の姿は知っているけれど、それを統べる技術はない。
ほんの幼い頃に教わった初歩の知識では、大人の前ではないに等しいだろう。

けれど、そんな役に立たない自分だけれど、お祖父様の望みを叶えたいと。
耳飾りの記憶のせいもあるけれど、それ以上に自分がそう思うのだ。


──みんな頑張っているのに、あたしだけあたしのままでいいのだろうか。

──みんなに助けられたままでいいのだろうか。


「リオム兄ちゃん──。」


昔の呼び名が、空気に融けた。

白い息に変わった名前にはっとしてに、そっと指先で唇を隠す。

久しぶりに口から零れた名は、久し振りに紡いだ大事な名だった。