「サシガネとトキワがいなくなったわ。」

使用人との話に区切りをつけた獅子の彼女は、その扉を閉ざしてまた椅子に座りながら、そんなことをさらりと音にした。

「え…!!」
「…そう。」

アズキは覗いてしまった過去で、二人の所業を知っている。
真っ先に怯えた声を漏らしたのは先見の彼女で。次に落ちたのは考え事に耽るような銀の少女の呟きで。

ルグィンは何食わぬ顔で窓越しに空を見上げているから、聞こうに聞けないトーヤは一人知らない名に首をかしげている。

面倒臭そうに息を吐いた彼女は、さっき中断した食べかけのパンを千切りながら、口を開いた。

「手の空いている人達に屋敷中探して貰っているけれど、きっともう無理でしょうね。
どうせ、逃げられたわ。」

仕事の表情の残り香を漂わせつつ、千切ったパンを口に運ぶ。

─スズランとルグィンが反逆者に手を貸しているのを知っていて、ナナセを見たことがあって。

そんな二人を逃がしてしまったのに、彼女は普段と変わらない顔で焦りはなくて。

「あの二人、半端無く強いもの。
きっと追っても、並の人間じゃ捕らえられないわ。」

「じゃあ、どうするの!
あの人、首狩りなんでしょ?」

焦るアズキに、他の誰も同意しない。
焦りに揺れる茶髪が、滑稽に見えた。

「平気よ。」

金茶の瞳が強気に笑んで、それに緊迫感のない声が続く。

「そうそう、平気平気。
スズランがそうしたくてやったんだから。」

ふわりと隣の空色が彼女に微笑みかけて。

「…え?」

声を無くした先見の彼女が、立ち上がったまま固まる。

スズランが負けたように溜め息を吐いて。
それを小さく笑いながらナナセは口を開いた。

「いつでも逃げられるくらいに緩い屋敷の警備の中で、この時期に逃げるのは、ちゃんと理由があるはずなの。
あたしの昨日みんなに話したことを、きっと聞いていたんでしょう。」

その言葉通りなら、下手をすれば軍部全部にそれが伝わってしまうのに。

─自分やスズランや、ここにいる皆が危なくなるのに。

そんなこと分かっているはずなのに彼女は緊迫感のない笑みを崩さなくて。

「でもスズランやルグィンが焦ってないの。
だからちゃんと、考えがあるはずなの。

ね、スズラン。
また、あたしの知らないところで何かしてたでしょ?」

にこり、と笑う銀の淡さの中に、有無を言わせぬ強さがあった。
それに気付いた獅子は力無く笑って。

「当たり。」