この屋敷の女主人は、私事に公事を持ち込むのを嫌う。
5人で過ごす飾らない食事の時間はそんな私事にあたるのだろう。どんなに忙しくても、ナナセとアズキの部屋へ帰ってくる。
そうして仕事から解放されて明るく笑ったあとは、気持ちを切り替えて仕事に出て行く。
そういうわけで、相談や話題として仕事の話に触れることはあっても、部下に接する彼女をナナセたちは見たことがないのである。
今日も明るく、目の前に並べられたパンとジャムに笑顔で手をつける。
「いただきます。」
「いただきまーす!」
スズランとトーヤの声に他の3人も復唱する。
「トーヤ、がっつかないで。
行儀が悪いよ。」
ものすごい速度で食すトーヤを咎めるのは幼馴染みの役目。
「えー、スズランみたいには俺は食えねえ!―なぁ、ルグ…ってよくそんなに落ち着いて食べるよな。」
同意を求めた人が悪すぎて、隣に座る少年に呆れてしまう。
二人のパンを千切る所作の違いに、アズキはスプーンの先をトーヤに向けて頬を膨らませる。
「ほら、トーヤが悪いんだよー?」
「お前だってスプーン人に向けるなよな!」
大抵口を開いているのはふたりで、口先で負けるのは大体トーヤの方だ。
ナナセは所々で笑うだけだし、スズランに至っては落ち着いた笑みを浮かべてパンに手をつけている。
そんな穏やかな空気が乱されたのは、ひとつのノック音から。
控えめだけれど、どこかはっきりと響いた木の音。
その音に、すっと冷めた目の色に変わる彼女の横顔を机を挟んだ向かい側から茶髪の少女は見てしまう。
「誰かしら。」
「デュークにございます。
例の件について、至急報告したいことが。」
友達が主人になる様をまざまざと見せ付けられて、雰囲気に呑まれて、声を失う。
見つめる茶色の瞳に気付いた獅子は、ちらりとこちらに視線を流して、何の反応も見せず扉に視線を戻す。
立ち上がり、扉へ向かう栗色の髪の彼女の挙動も、どこか冷ややかで、訳無くアズキはどきりとする。
アズキが視線を流せば、黒猫は何でも無いことのように一瞥して、窓の外を眺め始め、隣に座るナナセは、いつの間にかファイへと姿を変えていて。
彼女がアズキの方を向いて、黒い瞳が、ナナセの笑い方で緩く微笑んだ。
黒曜石の瞳は、使用人と言葉を交わす栗色の髪が揺れる背中に流れる。
彼女の目付きや、振舞いの中に心配の色が窺えて、彼女がナナセのままだと、アズキは安堵する。
そうして不安げに辺りを見回す先見の少女を、トーヤはちらりと横目で見て溜め息を吐く。
彼らの普通に、一般人は未だ完璧には馴染めずに、感覚の違いが露見する。
才あるとはいえども、もとはただの平民と、二人は思い、またその心を拒絶する。
─ここに身を置くなら、その流儀に従わなくちゃ。
そう分かっていながら、チクリと胸は痛んで。
たくさんの重荷を背負う細い背中を見つめ、アズキは思った。
─いつか、あんな風にナナセの隣に。
─左右違いの眼が役に立つなら、それでも。
そっと願ったその心は、ほんの少し先の未来で、花を咲かす。
5人で過ごす飾らない食事の時間はそんな私事にあたるのだろう。どんなに忙しくても、ナナセとアズキの部屋へ帰ってくる。
そうして仕事から解放されて明るく笑ったあとは、気持ちを切り替えて仕事に出て行く。
そういうわけで、相談や話題として仕事の話に触れることはあっても、部下に接する彼女をナナセたちは見たことがないのである。
今日も明るく、目の前に並べられたパンとジャムに笑顔で手をつける。
「いただきます。」
「いただきまーす!」
スズランとトーヤの声に他の3人も復唱する。
「トーヤ、がっつかないで。
行儀が悪いよ。」
ものすごい速度で食すトーヤを咎めるのは幼馴染みの役目。
「えー、スズランみたいには俺は食えねえ!―なぁ、ルグ…ってよくそんなに落ち着いて食べるよな。」
同意を求めた人が悪すぎて、隣に座る少年に呆れてしまう。
二人のパンを千切る所作の違いに、アズキはスプーンの先をトーヤに向けて頬を膨らませる。
「ほら、トーヤが悪いんだよー?」
「お前だってスプーン人に向けるなよな!」
大抵口を開いているのはふたりで、口先で負けるのは大体トーヤの方だ。
ナナセは所々で笑うだけだし、スズランに至っては落ち着いた笑みを浮かべてパンに手をつけている。
そんな穏やかな空気が乱されたのは、ひとつのノック音から。
控えめだけれど、どこかはっきりと響いた木の音。
その音に、すっと冷めた目の色に変わる彼女の横顔を机を挟んだ向かい側から茶髪の少女は見てしまう。
「誰かしら。」
「デュークにございます。
例の件について、至急報告したいことが。」
友達が主人になる様をまざまざと見せ付けられて、雰囲気に呑まれて、声を失う。
見つめる茶色の瞳に気付いた獅子は、ちらりとこちらに視線を流して、何の反応も見せず扉に視線を戻す。
立ち上がり、扉へ向かう栗色の髪の彼女の挙動も、どこか冷ややかで、訳無くアズキはどきりとする。
アズキが視線を流せば、黒猫は何でも無いことのように一瞥して、窓の外を眺め始め、隣に座るナナセは、いつの間にかファイへと姿を変えていて。
彼女がアズキの方を向いて、黒い瞳が、ナナセの笑い方で緩く微笑んだ。
黒曜石の瞳は、使用人と言葉を交わす栗色の髪が揺れる背中に流れる。
彼女の目付きや、振舞いの中に心配の色が窺えて、彼女がナナセのままだと、アズキは安堵する。
そうして不安げに辺りを見回す先見の少女を、トーヤはちらりと横目で見て溜め息を吐く。
彼らの普通に、一般人は未だ完璧には馴染めずに、感覚の違いが露見する。
才あるとはいえども、もとはただの平民と、二人は思い、またその心を拒絶する。
─ここに身を置くなら、その流儀に従わなくちゃ。
そう分かっていながら、チクリと胸は痛んで。
たくさんの重荷を背負う細い背中を見つめ、アズキは思った。
─いつか、あんな風にナナセの隣に。
─左右違いの眼が役に立つなら、それでも。
そっと願ったその心は、ほんの少し先の未来で、花を咲かす。

