「その声は…。」
名は飲み込んでくれたようで、ファイは小さく安堵する。
「久しぶり。」
焦げ茶の使用人の着る服を着こなして、あの頃と変わらない目で、トキワは緩く微笑んだ。
肩より少し長い黒い髪をさらりと流してこちらを見てくる彼から、ファイは視線を外せなくなる。
自分に剣を向けたことを微塵も感じさせないようなそんな声音で、こちらに視線を向けるトキワ。
その自然さが恐ろしくて、黒髪の少女は思わず唾を飲み込む。
「…おい。」
キッと帽子と前髪に少しだけ隠れた鋭い金色を男に向ける。
「…ルグィン。」
そんな黒猫を、彼女は名を呼ぶことで収めてしまう。
大丈夫、ちゃんと警戒すると言う意味合いを込めて口の端に笑みを乗せてルグィンの金色を見詰める。
そして対峙したトキワの久し振りに見た微かな笑みは、あの頃のままで。
「─どうして、分かったの。」
意を決してそう問うた彼女の声は、心なしか掠れていた。
ファイのその台詞に、トキワが扉の前は邪魔だからと、この場を動くことを促す。
ルグィンに手を引かれて立ち上がったファイはカートを片付けたトキワの後をついて、廊下へと出た。
廊下と厨房を繋ぐ扉の取っ手を握ったまま、振り返ってトキワはポツリと呟く。
「黒猫といるのは、スズラン姐さんの他にはお前くらいしかいないからさ。」
分かりきったことを言うような、面倒臭そうな口の開き方をしながら、二人を通した後でその扉をばたんと閉める。
その動作がやけに洗練されているもので、ファイはそちらに自然に目がいく。
また鼻で笑うような喋り方でトキワが続ける。
「それに見目が変わっても、声も仕草も変わっていない。
そんな奴、見破るのなんか容易いさ。」
その物言いが本当のトキワなのかと心の隅で思いながら、ファイは頷いて苦笑する。
─そうか、変装が甘かったのか。
「トキワさんは、今は何をされているんですか?」
トキワは一度目を見開いて驚いた顔をすると、一呼吸置いて、答え始めた。
「今はここでサシガネと監視付きで使用人をさせられている。
給金はないが、必要なものは与えられる。
まぁ、安定した暮らしをしているのさ。」
「そうですか。」
敵だったとはいえ、友人だと思っていた期間もあったことも手伝ってか、安定した暮らしという言葉にファイは安堵する。
「そ。お前のせいでな。」
そんな嫌味にどう対処すればいいか分からずに、黒髪の少女は淡く笑い流した。
「さて、ユリナ。
お前の今の名は?」
赤い絨毯の上、はた、とファイは黒いブーツを履いた足を止める。
─別に、教えてもいいかな。
目の前にいる首狩りに、そうやって心が傾いた。
今まで剣を向けてきた人だとは、見えなかったからなのか。
それが演技かもしれないと知っていて、彼女は名を口に乗せた。
「名は、ファイ。」
彼女の名に、長い黒髪の男はゆるりと唇を上げた。
名は飲み込んでくれたようで、ファイは小さく安堵する。
「久しぶり。」
焦げ茶の使用人の着る服を着こなして、あの頃と変わらない目で、トキワは緩く微笑んだ。
肩より少し長い黒い髪をさらりと流してこちらを見てくる彼から、ファイは視線を外せなくなる。
自分に剣を向けたことを微塵も感じさせないようなそんな声音で、こちらに視線を向けるトキワ。
その自然さが恐ろしくて、黒髪の少女は思わず唾を飲み込む。
「…おい。」
キッと帽子と前髪に少しだけ隠れた鋭い金色を男に向ける。
「…ルグィン。」
そんな黒猫を、彼女は名を呼ぶことで収めてしまう。
大丈夫、ちゃんと警戒すると言う意味合いを込めて口の端に笑みを乗せてルグィンの金色を見詰める。
そして対峙したトキワの久し振りに見た微かな笑みは、あの頃のままで。
「─どうして、分かったの。」
意を決してそう問うた彼女の声は、心なしか掠れていた。
ファイのその台詞に、トキワが扉の前は邪魔だからと、この場を動くことを促す。
ルグィンに手を引かれて立ち上がったファイはカートを片付けたトキワの後をついて、廊下へと出た。
廊下と厨房を繋ぐ扉の取っ手を握ったまま、振り返ってトキワはポツリと呟く。
「黒猫といるのは、スズラン姐さんの他にはお前くらいしかいないからさ。」
分かりきったことを言うような、面倒臭そうな口の開き方をしながら、二人を通した後でその扉をばたんと閉める。
その動作がやけに洗練されているもので、ファイはそちらに自然に目がいく。
また鼻で笑うような喋り方でトキワが続ける。
「それに見目が変わっても、声も仕草も変わっていない。
そんな奴、見破るのなんか容易いさ。」
その物言いが本当のトキワなのかと心の隅で思いながら、ファイは頷いて苦笑する。
─そうか、変装が甘かったのか。
「トキワさんは、今は何をされているんですか?」
トキワは一度目を見開いて驚いた顔をすると、一呼吸置いて、答え始めた。
「今はここでサシガネと監視付きで使用人をさせられている。
給金はないが、必要なものは与えられる。
まぁ、安定した暮らしをしているのさ。」
「そうですか。」
敵だったとはいえ、友人だと思っていた期間もあったことも手伝ってか、安定した暮らしという言葉にファイは安堵する。
「そ。お前のせいでな。」
そんな嫌味にどう対処すればいいか分からずに、黒髪の少女は淡く笑い流した。
「さて、ユリナ。
お前の今の名は?」
赤い絨毯の上、はた、とファイは黒いブーツを履いた足を止める。
─別に、教えてもいいかな。
目の前にいる首狩りに、そうやって心が傾いた。
今まで剣を向けてきた人だとは、見えなかったからなのか。
それが演技かもしれないと知っていて、彼女は名を口に乗せた。
「名は、ファイ。」
彼女の名に、長い黒髪の男はゆるりと唇を上げた。

