空色の瞳にキスを。

丁寧な装飾の施された扉をノックして、スズランはゆっくりと扉の先にいるであろう男を見詰める。

「失礼します。」

扉を隔てて中にいる人間へと送られた彼女の声は、思いの外強張っていた。
それを軽く鼻で笑うと、ちょうど返事が返ってきて、扉をゆっくりと開ける。

応接室へと足を踏み入れ、ゆっくりと面をあげた栗色の髪の少女は、目の前に座る男の視線に絡められ、動けなくなる。


視界に映るのは見た目だけでは四十にも六十にも見え、年は分からないような、そんな謎めいた雰囲気の大人の男。

ただ彼は椅子に座って、こちらを見ているだけなのに。

色素の薄い茶色の瞳は、色が違えどリクの目にどことなく似ている。
少し日に焼けた色をした肌には、まだ老人とは言えない張りがある。

優しそうな目元を細く鋭くさせて、こちらを見上げるその人は。


「─久し振りだな、スズ嬢。」


聞いた者を萎縮させるような重低音を伴って、こちらに唇だけを歪めた笑みを送ってくるこの人はリクの父親。


逆らうように笑みを浮かべ、彼女は栗色の髪を揺らして頭を下げる。

流れるような動作で体を起こした彼女は、ゆるりとまた余裕そうに笑って。

「おじ様もお元気そうで嬉しいですわ。」

笑顔は見せるが、距離のある喋り方をする彼女に、上手く扱えない男はほんの少し、形の良い眉を歪める。

向かいの椅子を男の側近に静かに引かれて、スズランは素直に従い彼と真正面で対峙する。

「また綺麗になったな。」

還暦を過ぎたとは思えない色気を纏い、重低音の声をまた彼女の耳に残す。

「この容姿も、私の武器ですから。」

くすりと笑い、肩を揺らして彼女の纏う空気は大人のそれで。


部屋の外からは鳥のさえずりが聞こえてくるが、それすら場違いに二人の間にさ迷う。