空色の瞳にキスを。

あれはスズランが謀ったものじゃ、ない。

だけど結局二人にされたのは事実で。


─どうしよう、二人だ…。


ファイの中でやっと状況が掴めてきた。

そうすれば思い出すのは昨日のことで。


─自分の自覚と、秘め事で。


手をかけていたカートの手摺をぎゅ、と握り、冷たさに心を落ち着かせようと試みる。
だけど認めた想いを落ち着かせるほどの技術がない彼女。

俯いたまま赤い顔を隠していると、横からするりと手が伸びてきて、黒髪の彼女の手からカートを奪う。
ファイが顔を跳ね上げて彼を見ても、長い革の帽子で顔が隠れて上手く見られなかった。

だけど奪うとは名ばかりで、手つきから優しい雰囲気を感じた彼女はふわ、と淡く微笑む。

それをちらりと見たルグィンは、すぐに目を逸らして、赤い絨毯の上にまたカートを進め始める。

その背中にまた口元を緩めてしまったファイは、片手でそれを隠してその後を追った。

絨毯に吸い込まれていくからからという音と、ふたりの足音とが音を奏でる。

何かぽつぽつと話したが、あとから思い返しても、ナナセの記憶にはほとんど残っていなかった。

スズランがいなくなった廊下にはちらほらと人が出てきて、ちょうど良い人の話し声がふたりの間を続かせる。


そうして厨房へ食器をカートごと返して、廊下へと続く扉を開けようとファイがドアノブを握る。


すると偶然にも扉が大きな音を立てて急に開く。

扉と額が正面衝突したファイは驚きと痛さで小さくうずくまる。

「…ったー…。」

小さく呟いた声をルグィンは拾ったのか、凄く心配そうに屈み込んでくる。


「大丈夫か?」

そんな声にすぐに目を開ければ、隣に膝をつく黒猫の少年とは別に、1人分の革靴が目に入る。


「すいま…」

謝罪の言葉を口にしようとした、ファイの口が固まる。


「…え?」


ファイを目に映して俯いたその顔に、ファイが釘付けになる。

ルグィンは警戒するようにファイの隣に膝をつき、睨み上げていた。


あの頃と同じ長い黒髪が、俯いたその若い男の動きに合わせて肩をさらさらと滑り落ちる。


─少し冷静な目で、自分を見ているこの人は。


「トキワ…さん?」

使用人の制服を着たその人は、あの日のままのトキワだった。