「なんで、泣く。」

困ったように呟く黒髪の少年をまっすぐに見詰めて、涙をはらはらと落とす銀髪の少女がいる。

「…泣くなって。」

彼女へと伸ばされた手は、目元を優しく撫でて、涙を掬い上げる。
その仕草にナナセは優しさを感じて、安心しきって目を閉じる。


細くて長い、彼の骨張った男の子の手。

けれど少年のの片手からも零れ落ちた涙は、彼女の銀を、スカートの膝を、濡らして。

止まってくれない涙を止めようとナナセはそっと手元の草を握り込む。

泣き声は震えていて。


「だって…。」

─だって、力を貸してくれるってルグィンの答えは分かっていても。

─答えをくれるのは、嬉しいの…。

少女の震えた唇が理由を紡げば、ルグィンのもう片方の手も彼女の耳元へと添えられる。

─嬉し涙を流す理由が、あんまりにも彼女らしくて。

黒猫の中に沸き上がるもどかしい愛情は、表現に困って。


─涙にキスを落とした。

「泣き止んだら、止めてやる。」

悪戯する時の彼の声とはちょっと違うと、ナナセはなんとなく思った。
少しだけその声が孕む熱に、少女は気付かない。

だけどその声にくらりとして。


「そんなこと言われても、急には止まらない…。」

次々落とされるそれから逃れる術もなく、弱々しい声を溢した。


両手で頬を包まれて、壊れ物を扱うようにそっと顔を上げさせられて口付けを落とされる。

柔らかい唇に自分の涙が吸い込まれていく感触は、ナナセにとって嫌とも違って。
せり上がってくるこの感情が何なのか、まだナナセは掴めずにまたひとつ、涙を生む。

そうすればまた瞼にキスを落として涙を掬う少年の黒髪がサラサラと頬に当たって、くすぐったい。

時々耳元で吐かれる泣くなと言う吐息に近い呟きが、ナナセの涙を増やすなんて、ルグィンは全く知らない。

ぎゅ、と引き結んだ彼女の唇から、言葉が生まれることはなくて。

次第に止まり始める銀の少女の涙。

ルグィンは涙が止まった瞼に最後にもう一度だけ唇を当てて、優しい金の光を帯びた瞳で声を落とした。

「これ、内緒。」

黒髪の少年の低い声が、ひどく切なくて。
ぎゅ、と胸を締め付けられたナナセは思わず目を開ける。

見上げれば至近距離に少年の小さな笑みがあって。
どきりと音を立てて鳴り始める心臓。

「…うん…。」

目が離せないままでナナセは辛うじて掠れ声を絞り出す。

お互いの髪が二人の邪魔をして、少しルグィンは焦れったく思った。
ナナセは視線を彼の膝に移して、頬を染める。

─こんなこと、恥ずかしくて言えない。

─だけど、だけど。


─ルグィンがあたしに触れることが、嫌ではない自分がいて。


二人の内緒の秘め事は、冬の冷たい澄んだ風と静かな草原が二人を包んで隠して。