聞いているうちに月光に淡く縁取られたその輪郭は、ナナセのものだと気付く。

月を見上げて、彼女は高く澄んだ声を響かせる。

綺麗で物悲しいこの声に私は起こされたんだとアズキは直感で感じる。
もうさっきの夢は朧で、もう分からないけど、それでもこの声だと思う。

そっと窓を開けたら、それでも窓枠を窓が滑る音がして、銀色の少女の声はピタリと止む。
くるりと振り向いたナナセの月光に照らされた不思議な色の瞳がアズキを見る。

その瞳に見つめられたアズキは何も言えなくなる。

二人は見つめ合って、言葉を失う。


言葉を取り戻したナナセは、掠れた声を送り出す。

「―ア、アズキ…?」

その声が歌う声のようにもの悲しさを含んでいなくて。
いつもと変わらない声で、ほっとした。

風が二人の髪を巻き上げる。

その中で、いつもみたいにアズキは明るく笑った。


二人並んでベランダに座る。

三日月が夜を優しく照らして、空気がどんどんと冷えていく冬の真夜中。
町外れのこの洋館からルイスの街を眺めると星のような小さな灯りが見える。
空には澄んだ冬の空気のおかげで一段と輝く満天の星空。

ナナセが被っていたシーツに二人でくるまって空を見上げる。
ナナセに至っては足を柵の間から投げ出して、ぷらぷらと振って遊ばせている。

さぁ、と時々吹く冬風は二人の髪を持ち上げる。

少し間を置いてとアズキが穏やかな声でナナセに尋ねる。

「ねぇ、さっきの歌…『リオと月下』だよね?」

遠慮がちにナナセに首をかしげてそう言ったアズキ。
覗き込んできた少女にナナセは曖昧に微笑む。

「そうだよ。
あたしが昔旅芸人していた頃に、覚えた歌。」

ふ、とゆるく微笑んだ銀髪の少女に、先見の少女は弾けるような笑顔を見せる。

「あ、私もだよ。

5年前くらいにこの歌が流行った時にね、歌を歌う旅の一座の公演を見に行ったの。

素敵だったなぁ。

ナナセも旅芸人していたの?」

彼女は闇に溶けた街並みをぼんやりと見ながらゆっくりと音を紡ぐ。

空色の瞳は、深夜に点ったまばらで綺麗な町灯りを見ていて。

だけど過去を思い出す彼女の瞳は、その風景を視界には映していない。

「うん。
もっとも、これは人前では歌ったことないんだけど…。」

最後の方はポツリ、と溢したような独り言。