沈んだ泥沼のような意識の中で、アズキは高く澄んだ悲しい声を聞いた気がした。

その声に引き摺られるようにして彼女は意識を取り戻す。

「…ん…。」


夜中なのだろうか、昼間から意識が途切れているから予測しかできない。

起き上がろうとすると、自分がベッドに横になっていたことに気付く。
清潔そうな手触りのよい服を着せられ、寝かされていたみたいだ。
起き上がると、頭が割れそうに痛んだ。

すぅ、と脳に入ってきた映像は、確かにここの光景だけど、ここではない光景。


黒髪の男と金髪の男が、獅子の女と黒猫の少年を相手に戦っている、そんな映像。

─刀を持って、銃を持って、奥の部屋へと続く扉の前で飛び回る。

─斬られた。


「―…っ…。」

目を閉じても、鮮やかに流れ込んでくるそれからは逃れようもない。

耳を塞いでも、鮮やかな音が聞こえて。

先見の少女はベッドの上で膝を抱えてうずくまる。

過去の残像の中で聞こえた布団の衣擦れの音が辛うじて彼女を現実へと留めおく。

流れ込む映像が終わるのを待って、彼女は動き出す。
目が覚めてしまったから、取り敢えず何かで時間を潰して眠くなるのを待とうと思った。

それにどこからか聞こえる微かな歌声が気になって仕方がない。


足をベッドから下ろして立ち上がれば、ぐらぐらと頭が揺れる。
壁に手をつき、一息つく。

気だるい体は、今までの苦痛を忘れさせてくれない。
殺魔の圧迫が無くなった途端、先見の力によって精神が削られる。
慣れなきゃ、と思うのに体はなかなか慣れてはくれない。

回りは真っ暗で、窓から差し込んでくる淡い月光を頼りにして窓へと近付く。

カーテンは開けっ放しで、外には人影が見えた。

アズキがベランダにいる人影に近付くごとに、窓ガラスを隔てて聞こえる微かな女の歌声は大きくなっていく。

ある程度聞こえる距離に来ると、何の歌か分かった。

─切ないこれは悲恋の歌。

自分がもっと小さい時に、この歌が平民の中でも流行ったときがあった。

─貴族同士の優雅な恋の歌。

─だけど二人には許嫁がいて、二人の恋は許されなくて…―

彼女の歌は、歌い手として食べていけると思うくらいに、綺麗で。