空色の瞳にキスを。

この部屋は普段はナナセが使っていた部屋で、あの日のままになっている。


気絶したアズキをベッドに寝かせてそっと布団をかけるナナセ。

緩く波打った明るい茶髪をサラサラと飽きもせずにすいている。


眠らされる先見の少女を優しい目で見つめるナナセに、スズランが後ろから声をかける。



「─ねぇ…貴女、彼女の台詞の意味、分かってるわよね?」

それはひどく低い声で。

それを初めて聞く焦茶色の髪の少年は背筋が寒くなるのを覚えた。


言葉を投げられた銀の少女は、アズキの髪を優しく撫でる右手を止める。


数秒の、沈黙。


その沈黙は、トーヤにとっては長かった。


空気が重たくて、湿っぽく感じる。


そんな中でゆっくりと獅子の少女を振り返った銀の少女。

薄い唇は綺麗な弧を描いていても、空色の目が笑んでいない。

そんな瞳は、スズランへとまっすぐに向けられたが、逃げるようにすぐに逸らして。


肩を落として、だけど人形みたいに綺麗に笑って、彼女は言葉を紡いでいく。


「うん、知ってるよ。

分かってる、あたしが決めなきゃならないこと─。」


少しだけ、ヒヤリとするその姿。

青い瞳は揺らぎはしなくても、笑顔に見え隠れする憂いを秘めた顔をトーヤは見た。

全部全部分からなくて。

分からないことが多すぎたトーヤはまずは目の前の難題から解決することにした。


─知らない話が、分からない話が目の前で展開されるのはごめんだ。


─今は分かるだけでいい。


…でもいつかは。

いつかはみんなの役に立ちたいと、そう心に決めて。


「…なぁ、アズキの台詞って、なんのことなんだ?」

隣の黒猫の服の裾を引いて、振り向かせるが、彼は首を振って答えようとしない。

「なぁ…。」

もう一度引き下がった今、やっと口を開いた。

「…知らねぇ。」

─違った。

答えようとしないのではない、答えられないのだ。


「は?

…知ってるんじゃないのかよ。」

黒猫が口を挟まないのは知ってるものだと思っていたトーヤ。

拍子抜けして、彼の口調が棘を含む。


「知らねぇよ。」

鋭い金の瞳が何度も尋ねる少年を鬱陶しそうに茶髪の少年を映す。


睨み合うようなそんな二人の間を、ひとつのため息が遮った。


「─雰囲気ぶち壊しよ、貴方達。

トーヤさんもルグィンも考えなさいよ。」


呆れた顔をして、軽く笑う獅子の女。


「いいんじゃねぇの、明るくなって。」

彼女にぽつりと言い返した黒猫のその台詞は、暗かった雰囲気を緩やかに薄めて。


これから話すことは変わらなくても。

それぞれの心を、軽くするのを助けた。