リョウオウのとある建物の屋上に、少女はひとりでいた。
冷たい秋空の下、魔術で造られた建物の床に寝転び、街で綺麗になど見えない空を見上げている。

黒い髪に茶色い瞳に、どことなく暗い色の衣服を身に纏った彼女は、派手とは言えない。
明るい瞳で綺麗な色をしているのに、どこか憂いを含んでいて、深い。

茶色の膝まである長いジャケットに白いワイシャツ。
首もとには青いネクタイ。
現王が就いた頃から庶民にも広まり始めたその服装は、まだまだ異国のものだった。

風が流れると、風が中途半端な長さの髪を揺らした。

この少女は誰も来ない、この屋上が好きだった。
誰もここなら文句を言われなくて済む。

それに少女は高いところが好きだった。
今もひとり、目を閉じて風を感じている。


しん、とした空気を破ったのは、ひとりの少年の声だった。


「ハルカー!ハルカ!!いるんでしょー?」

起き上がれば焦茶の頭が扉から見えていた。

「トーヤ。また仕事なの?」

トーヤと呼ばれた少年は、ハルカよりも少し幼い。
仕事着のままの彼を見て、学校から帰って職人である父を手伝っていたところだろうかと、ハルカは見当をたてた。

屋上へと繋がった、鉄でできた冷たくて大きな扉のそばに立って、トーヤは呟いている。

「またってなんだ!
ハルカの仕事って珍しいし腕いいから忙しいんだ!

そんなことより今日はアズキん家のおばあちゃんが大変なんだ!」

トーヤが青い色の仕事着の袖を直して、怒りながらこっちへ歩み寄る。

「アズキの……?」

ハルカの柔らかな表情が急に硬くなり、茶色い瞳がきつい色を帯びる。
途端、飛び起きてハルカが屋上の金網へと走り出した。

「アズキの家だよね?」
「あぁ、そうだよ!」

フェンスを飛び越えたハルカをトーヤは見送る。

そのままハルカがだんだんと小さくなるのを見つめていたトーヤは、小さく呟いた。

「俺だって心配なんだから連れていけよ……。
呼びに来たのは俺なんだしさ……。」

こうしちゃいられない、とトーヤも階段を駆け降り、アズキの家へ急いだ。