そして彼は、ようやく泣き止んだあたしをおぶって家まで送ってくれたの。


王子様の肩を掴んだ指先や、この胸に伝わってきた彼の体温。


初めての体験にとまどうあたしの心と、ドキドキ跳ね上がる鼓動の音。


それは決して忘れることのできない、強烈すぎる初恋の思い出なんだ。


彼も覚えていてくれるかな? あの運命の日の出来事を。


あたしと同じくらい特別なこととして、ずっと記憶してくれているかな?


きっと……ううん絶対に、王子様も覚えてくれているはずだ!


「そりゃ忘れられないでしょ。犬や猫ならともかくドブで子どもを拾うなんて、めったにない体験だもの」


また花梨ちゃんが話に水を差す。


どうも花梨ちゃんにかかると、この物語最大の感動ポイントが、薄味のカルピスみたいに味気なくなってしまう。


「で、王子様は七海ちゃんを家まで送ってくれたんだよね? それでそのまま、サヨナラしたんでしょ?」


「……うん」


そうなの。それでサヨナラだったの。


ろくにお礼も言えなかったし、名前も聞けなかった。


彼のことを『王子様』としか呼べないのは、名前を知らないからだ。


あたしは、自分の初恋の人の名前すら知らない。


あの日以来、忘れたことはないのに。鮮明に夢を見続けているのに。


彼に恋をし続けているのに……。