「アプランティの美空です」
ぎこちないお辞儀と聞き慣れない言葉に、私はシェフらしき彼を見たまま頭を下げた。
「彼は料理長のお弟子さんで、見習いシェフと思っていただければわかりやすいかと」
「あ、はい……」
どうして見習いシェフが出てくるのだろう。浮かんだ疑問は間を置かず、ギャルソンの説明で解決した。
私が頼んだドルチェの発案者が彼だったのだ。
彼は料理長の直接監視下で訓練されている特別な見習いらしく、今回初めてドルチェの新作レシピを任されたのだとか。
〈ZInnIA〉のメニューは豊富で季節ごとの入れ換わりも激しいため、新作は埋もれてしまわぬよう時間をたっぷりかけた上でメニューに並ぶらしい。
客への感謝を伝えると共に、シェフの意欲に繋げるため、1000食目が出たときは声をかけさせてもらうのだと説明された。
ヒット祈願みたいなものなのかな、と私は思った。
「その、新作1000食目?ってよく出るんですか」
私と同じように黙って聞いていた柚が尋ねた。
「新作自体メニューに並ぶことが多くはありませんので稀ですが、彼はすごいですよ。年末年始をはさんだことを含んでも、歴代5位の早さで突破しましたから」
「へえ。じゃあ結構な確率で当たったことになるじゃん。ね」
柚が言い、私は頷いた。ちらりと彼を見ると目が合い、それを合図にしたように彼は1歩前に踏み出した。
椅子に座る私は、異様に彼の身長が大きく見えた。
「ご注文、ありがとうございました。……つまらないものですけど、よかったら」
彼がずっと手に持っていた紙袋は、私への記念品だったらしい。



