私と柚は足を止め、空を見上げる。
「傘持ってる?」と聞かれたので、「持ってない」と返した。
天気予報では明日から雪だったはずなのに、ついてない。
柚が携帯灰皿を取り出したので、私はバッグの中から財布を取り出す。
ああ……怒るだろうな……。
財布から彪くんのキャッシュカードを引き抜く。
1週間前、柚を家に泊めることができなかったわけを、今日こそ話そうと決めていた。
それは柚が私のトラウマ克服と幸せを願う必要がない理由であり、ここ最近の私が“美空さん”と口にしなかった理由にも繋がる。
「柚、これ見……っ!」
突然、力いっぱい背中を叩かれる。落としたキャッシュカードを拾えば、柚はこぼれるようにつぶやく。
「来た……」
なにが来たのかと思えば、それは偶然を装う蓋然だった。柚の目には待ち焦がれた偶然に映るのだろう。
「あれ、美空さんだよね」
と、柚は控えめに言うが声尻の調子は興奮を隠し切れていなかった。
「……ねえ柚。さっき私が、そういう意味じゃなくてって言ったのは、」
「今それどころじゃないでしょっ。アンタあれ見えてる!?」
ぼそぼそと濁った声で言う柚にキャッシュカードを差し出す。
「もう、なんなのよ」と不満げにキャッシュカードを見た柚の目は大きく見開かれる。
「美空さんは、3つ年下」
歩道に目をやると、去年の冬から好きだった彼が私に気付いてくれた。
「10日以上前から一緒に暮らしてる」
「……冗談でしょう」
冗談じゃない。本当に一緒に暮らしている。
「おねーさん」
そう私を呼び、歩み寄ってくる美空彪くんと。



