「ああ。これから夏休みだし、朝飯や昼飯を買い溜めしようと思ってさ。夜はどこかに食いに行ってもいいし」

 食べに行く? 耳を疑った。

「だめですよ。夜の七時以降は、お家から出ちゃいけないってお母さんが」

「兄さまが許す。もう、母さんなんざ怖くねーよ」

 にったり。
 兄さまが満面の笑みを浮かべて、おれの頭に手を置いた。お母さんが怖くない。それってどういうことなんだろう。ちんぷんかんぷんだ。
 戸惑うおれに、「ほら。食べたいものを選べって」と言われたから、兄さまを信じて好きな物を選んだ。

 大きなメロンパン。
 これなら、兄さまと半分こできるし、お腹にも溜まりそうだから。

「後で半分こしましょ」

 メロンパンを兄さまに見せると、嬉しそうな、だけど少しだけ困ったような顔を作って頭を撫でてくる。

「那智はいつも、兄さまと半分こしてくれるんだな。たまには、那智ひとりで食べてもいいんだぞ?」

「どうして? 美味しい物は兄さまと一緒に食べたいですよ?」

 兄さまだって、いつもおれと半分こしてくれる。おにぎりも、お菓子も、お茶も。お布団だって、兄さまの体の方が大きいのに、おれと半分こしてくれる。
 そんな優しい兄さまが、おれは大好きなんだ。おれも同じことをしたい。

「あ、もしかしてあんパンがいいです? だったら、あんパンにします」

 メロンパンからあんパンに持ち買えると、兄さまは両方カゴに放り込んだ。

「どっちも半分こしよう。那智と一緒に食べたら、きっと美味いんだろうな」

 レジでお会計を済ませると、兄さまはおれの手を引いて、今度こそ帰り道を辿って行く。


 見覚えある光景が近づくにつれて、気持ちが沈んでいくのが分かる。
 お母さんに見つからないといいな。きゅっ、と手を握り締めると、兄さまが大丈夫だと目尻を下げた。

「なにも怖くない。那智には兄さまがついているから」

 今日の兄さまは、なんというか、うーんっと……なんて言うんだろう。すごく穏やかだ。お母さんに逆らうことをしても笑顔。ヨユーがあるように見える。

 どうして、そんな顔をしているのか。おれが意味を理解するのは、家に帰ってすぐのこと。