短志緒


名前を呼ばれたのは、もう特にすることもなくなった頃だった。

彼女はまだ来ていない。

来るかどうかもわからない。

「はい」

親父は少しだけ赤くなった顔をしっかり俺に向けた。

「俺は奈々子の父親だ」

「はい」

「いつでも奈々子の幸せを願っている」

「はい」

「だから君との結婚を反対してきた」

「……はい」

「今日、奈々子が泣いたんだ」

「え?」

「泣き顔を見たのは小学生ぶりだった」

彼女の泣き顔に覚えのある俺は、少しだけ申し訳ない気持ちになり、黙る。

「俺は奈々子の幸せを奪っていたのかもしれない。と、思った。だから」

親父は一度口を結んで喉を鳴らし、

俺から視線を下に逸らした。



「奈々子をよろしくお願いします」