短志緒


この世界一可愛い生き物を、抱き寄せずにはいられなかった。

「ごめん」

「何が?」

「別れるの、無し。全面撤回。ごめん」

どうして俺ばっかり振り回されて悩まなければいけないのかと、腹が立っていた。

でも、こんな理由なら悪くない。

ちゃんと互いを思い合っているなら幸せだ。

「当然でしょ。私の努力、無駄にしないで」

様々な体勢で抱き合って、クイーンサイズを存分に転がりながら、たくさんのキスを交わす。

真奈美の涙が染みた掛け布団は、いつの間にか床へ落ちてしまっていた。

「真奈美」

「なに?」

「一緒に暮らそう」

考えに至った瞬間、言葉は簡単に口から出ていった。

「え?」

「すぐにでも、この部屋で」

「でも、私まだ……」

「料理が不味かったらちゃんとツッコんでやるし、デブったらバカにして笑ってやる」

「なにそれひどい」

「お前だって、俺がハゲたら笑うだろ」

「うん。思いっきりバカにして笑ってやる」

真奈美はそう言って笑って、俺の髪を抜く真似をした。

「料理が下手とか、ちょっと太ったとか、その程度で会えなくなるくらいなら、努力なんてやめちまえ」

「だって……」

「そんなことしなくたって、俺は」

お前のこと、好きなんだから。

ごく自然にそう言ってしまいそうになって、慌てて口をつぐむ。

ん?と次の言葉を待つ彼女に、ごまかしのキスをひとつ。

「お前にうまい飯とかモデル体型とか、期待してねーから」

「ちょっとー!」

大事な言葉は、もっと大事な時に使うことにする。

その代わり、親友から授かった「俺も」をたくさん使うことにしよう。