短志緒


「あんたこそ、私のこと全然好きじゃないくせに」

「はぁ?」

「1回振られて、でも何とか彼女にしてもらえたから、私、必死に頑張ってたのにっ……」

真奈美はボロボロ泣き続け、流れ落ちる涙を掛け布団のシーツで拭った。

「ちょっと待て。何言ってるか全然わかんねーよ」

「別れるんでしょ? だったらもういい。頑張って損した!」

真奈美がベッドを降り、壁の長押しに掛けていた自身の服を乱暴に掴んだ。

意地っ張りなこの女のことだ。

この時間なのに、これから着替えて帰ると言い出すにちがいない。

「待て」

制止の意味も込めて抱き締める。

捕まえるという表現の方が正しいかもしれない。

「放せモヤシ!」

身体を捩って抵抗するので、ぎゅぎゅっと締め付けておく。

「お前が頑張ったなんて納得できねー……ん? 何だこの傷」

服を掴む彼女の左手、中指の第二関節のところに、まだ新しい切り傷があるのが見えた。

指摘すると、真奈美はいっそう抵抗する。

「別に何でもない! 放せハゲ!」

「俺まだハゲてねーし。よく見るとここも切れてんじゃん」

親指の下の、膨らみの部分だ。

他にも指に数ヶ所、切り傷がある。

「うるさい。見るな」

彼女の顔がみるみる赤くなってゆく。

傷の形状や場所から推理すると、簡単に答えにたどり着いた。

「お前これ、包丁で切ったろ」

真奈美の抵抗が、完全になくなった。