俺は中学時代に兄貴に対してコンプレックスを感じて以来、自分に自信がない。
初めて真奈美に告白した時、初めて結婚を決意した時など、ここぞという時に良い成果をあげられない決定力のなさも追い打ちをかけて、俺を臆病にしている。
本気になればなるほど素直になれないのはそのせいか。
「ふー、サッパリしたー」
頭にタオルを卷いた真奈美が戻ってきた。
部屋にシャンプー類の良い香りが広がる。
「ムスリムみたいだな」
俺がそうツッコむと、偽ムスリムは首を傾げる。
「ムスリムって何?」
「ムスリムも知らねーのかよ」
「知らないから聞いてるんでしょー」
俺の寝そべるソファーの前のテーブルに鏡を立て、ご自慢のポーチから基礎化粧品を取り出し、並べる。
手慣れたようにコットンに液体を含ませて、肌に滑らせる。
「ムスリムは、イスラム教徒のことだよ」
「ああ、イスラム教ね! インドとかの」
「違う違う。インドでメジャーなのはヒンドゥー教」
「え? じゃあイスラム教ってどこの宗教なの?」
「中東」
「中東ってどこー?」
「……お前、ほんとバカなんだな」



