ふと―――。
あちらもあちらで結界を噛み砕こうと必死になっている大首が、
意外にも無垢な笑みをこぼしているのに気が付いた。
そしてもう一つ、うっすらと犬のような髭が、いつの間にか大首に生えているのにも、気付いた。
―もしや。
だとしたら呆気ねえなあ。
思いつつ、七衛門はいずこかに隠形した朧蓋翁に向けて、天に吠えた。
「やっぱり戻れ、蓋翁ーーっ!」
七衛門のうなじの毛が逆立った。
存外、朧蓋翁は遠くにはいなかったらしい。
《主を残して去ってゆく式神がどこにおるか》
「さすがだ、相棒っ」
《そなたに庇われるほど我は弱くなどないわ》
「うっせえっ」
だがやはり、いい仲間でい。
不敵に笑い、七衛門は額に垂れてきた汗をぬぐった。
朧蓋翁はその小枝の如し節くれの指先を、大首に向けた。
朧蓋翁――彼は指先にいるものの過去を視、投影できるという。
七衛門は事情もなしに人も妖かしも傷つけはしない。
だからこそ相手の過去を読める朧蓋翁はこういう時に頼りになる。
頼れる仲間の、一人だ。
「おや・・・」
「おおっ!?」
投影されたそれを見るや、七衛門、吉名はあんぐりと口を開けた。
狸だ。
襤褸になった山小屋の中で、若い男の猟師と、これはまたやせ細った古狸がいる。
猟師がその狸の頭をなでてやると、狸はさも嬉しそうに猟師の胡坐の上に乗り、
その体を温めるように丸まっているのだった。
場面が変わった。
狸が首をもたげると、すっかり年を取ってしまったその猟師は、青白い顔で寝たきり起きない、
し、目も覚まさない。
「そうか・・・」
七衛門は大首言った。
「おめえさん、狸の化生かよ」
吉名は唖然として大首を見つめる。
「若ぇ男を追いかけんのも、おめえさんの前の、死んだ主様の代わりに、
遊んでくれる奴がほしかったってことかい」


