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やっとのことでまあまあましになった建物の中で、七衛門と少女は向かい合って胡坐をかいていた。
「あちきは、吉名(よしな)ってんでえ」
「俺あ、池田七衛門よ。類まれなる、江戸の妖かし斬り師よ」
《あほらし。まともに修行せよ》
そう、この七衛門、実は天性のさぼり魔だったりする。
金については身を削ってでも精を出す癖に、努力だの修行だのについてはまったくである。
たとえ式神の朧蓋翁が口を酸っぱくしていったところで、七衛門ときたらまともに聞きやしない。
七衛門の親の八兵衛は人情にも厚く努力家だったが、まさに真逆だ。
もともと、この翁を式神に下したのは八兵衛。
朧蓋翁も、八衛門の人柄を見込んで式神に下ったのだ。
しかし、今は七衛門のせいで後悔している。
それなのに、この翁は決して逃げ出さない。
「あちきは呉服店の小僧なんだがよ、ほら、知ってるか、江戸の端っこにあるおっきな店」
「どんな名だい」
「吉屋(きちや)ってんでえ」
「ああ、町娘どもがこぞって向かう、あの店かよ」
小耳に挟んだことがある。
何でも着物の色がきれいで、安価なものを使っている割には豪奢な着物に見える、と。
江戸の東端に位置するその店は、存外、人がすまぬ野が近い。


