柵にもたれかかって、夜の空気を吸い込む。
澄んでいて、どこにでもある空気で、多分どこで吸っても同じかもしれないけど、懐かしかった。
こんな時、こういうドラマのシーンではよく、タバコをくわえているイメージだ。
俺は吸わないし、好きじゃないけど。でと、煙を一気に吐いたら、真っ黒に見える夜空も、曇るのかもしれない。
白く濁って、ごまかせるのかもしれない。
夜の黒は、黒なのに澄んでいて、何もかも見下ろしながら、見透かしているような気がする。
静かな夜だった。
虫の音も、他人の声もない。車の、ブォンとふかしたエンジン音も聞こえない。
そんな中、ガラッ、と。小さな音がした。
さっき自分がたてたばかりのものと同じ、乾いた音。
すぐ隣からだった。隣のベランダから。
まさかだった。
でも、どこかでそんな予感はしていた。
久しぶりのベランダ。おれはタバコを吸っていないし、間に入る白く濁ったフィルターはない。
遮るものや隠れるものは、何もなくて。
「─────、」
星治、だった。
風呂上がりみたいな格好の星治が、ベランダに出てきていた。
身動きができないままの、俺。俺がいることを知っていたのか、星治の顔に驚きの色はない。
「…よ」
星治は言った。
その挨拶が、あんまりにも普通で、昔と同じだったから、俺も普通に、答えてしまった。
「…おう」



