返事をする、余裕はなかった。
息を大きく吸い込んでから、宝田が言った。
「…もしわたしが、本郷くんに好きだって言われるより先に、朝海くんに好きって言ってたら……どうしてた?」
時間が止まる。
声が出ない。
自転車が走り抜けるたび、次々と口に風が入り込んでくるのに、飲み込めなかった。
とっさに浮かんで、吐き出されたものじゃなかった。
その文章は、まるで、ずっとためていた台詞だったかのようだった。
わたしが。もし。
星治が。もし。
おれが、宝田に、もし────
言われたことを飲み込めないうちに、車輪が数回、地面に顔をこすった。
それと同じ回数、尻に伝わる振動。
数秒を置いて、宝田が笑った。
ふわりと笑って、俺の胴体に巻いていた、腕をゆるめた。
「…なーんて、ね」
笑みを含んでそう言った声も、か弱くて。
さっきまでとは違う感情が、喉元までせり上がる。
「…いいなぁって、思ったの」
肩に直された手のひらが、さっきよりも現実感を持って、認識される。
宝田は明るい声で、続けて話した。
「一年の時、初めて…朝海くんと、本郷くんを見たとき。二人が一緒にいる空気が…なんていうか。すごく、いいなぁって」



