ペダルをこぎ出してから、しばらく経っていた。
何を話そうか。
話を切り出すには少し時間を置きすぎてしまって、余計にどうしたらいいかわからない。
そんな状況で、先に沈黙を破ったのは、宝田だった。
「……ごめんなさい」
宝田の手のひらが、ぎゅっと俺の肩を握る。
リン、と。真夏の風鈴のような宝田の声に、俺のどこか後ろめたい気持ちが、少しだけ揺れる。
俺の返事を待たずに、宝田は続けた。
「…今日ね。本当は……ケンカ、したんだ。本郷くんと」
「………」
「初めてケンカして、気まずくて…だから。先帰るってメールしちゃったの」
呟くように、宝田は言った。
跳ね返る声が、思ったより背中に近くて。こんな距離で彼女の声を聞くのは初めてだったし、告げられた内容にも驚いた。
「…そっか」
なんて答えればいいか、わからなくて。
たくさん考えてひねり出したのは、どうしようもなくそっけない一言だった。
小さな段差に車輪が乗り上げ、カゴの中のナイロンバックが跳ねる。
「朝海くんはっ、」
宝田の声も、跳ねる。
尻に伝わる振動は、きっと、サドルに座っている自分よりも大きい。
不安げに揺れる宝田の声は、風鈴の音のように、耳から入って琴線を震わす。
「朝海くんは、誰かとケンカしたときって、どうするの……?」



