宝田の目は、口は。戸惑ったように、いいの?と聞いた。
おれはうなずいた。宝田も、うなずく。
片足をついて止めた自転車を、傾ける。
宝田の気配が近付いてくる。
目下に、揺れる髪。
しまわれた水色の財布。カバンの中の闇に、隠れた星。
「……ありがとう。ごめんね。よろしく、お願いします」
宝田が。宝田の手がそっと、腕に触れた瞬間。
心臓が、泣きそうなくらい、痛くなった。
喩えじゃなく、本当に。
ボールペンを手のひらに返された、あの瞬間の、あの何倍もの感情が、弾ける。
ぐぅ、とタイヤが沈む。
宝田の重みの分、沈んで、こぎ始めようとした俺は、ふらつきそうになる。
一人分の重みでしか、こいだことがなかったから。でもそういうこと、気づかれたくなくて。グッと、最大限に足を突っ張る。
伸びた膝の下、車輪が回り出す。
回り出した。走り出した。
なんだかまだ、状況が飲み込めなくて。
力を抜けない背骨は、一つ一つボンドで固定したみたいに、丸みがなく真っ直ぐに伸びる。
心臓は縮こまったまま、血管を、赤い血が残すところなく巡る。巡っていく。
弾けた感情は、俺の狭い体壁の中で、ぶち当たってはまた、色んな方向に飛んで。



