朱色の瘴気を放つ、醜き化け物、物の怪――。

遠子に取り憑き、右京へと導こうとしていたものの、主体だ。


 あれが出てきたということは、追い出されたか。

 なれば、それができるのは修験者か法師か、陰陽師か。

いや、それ以前に、なぜその者は、あの化け物を調伏しなかったのか。


 特にそれが陰陽師となれば、それこそ人ならぬものであれば見境なく殺したはずだ。


なぜ、それをしなかったか。

 できなかった?いいや、そんなはずはなかろう。

 やはり、「しなかった」というのが適切である。


(物の怪を調伏せぬ、方士・・・)


 甘い、人間。


 神薙の脳裏に、ちと小耳に挟んだ覚えのある話がよぎった。


『お人好しの陰陽師』


『詰めの甘い、女のような陰陽師』



 すくっ、と神薙は、思い出したとばかりに立ち上がったのだった。



「物の怪を出したくせに、それを逃がすとは」


 ぺっ、と唾を吐き捨て空をひと睨みして見せた。


「晴明の、悪点――――」



 思ったよりも弱々しくなった声は、暗黒の中にとろけていった。