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 平安京の夜は、蒼さを帯びた黒の絹を、空いっぱいに広げられているようにも見える。

日が沈めば、ほとんどの場所に光はない。

あまねく、闇の中に浸ってゆく。


 この都の者たちは、たいていはこの時間になる前には退出していく。

逢魔ヶ刻を過ぎれば、都の夜は魑魅魍魎の住処となる。

それらに襲われぬようにと、彼らはその時間には部屋にこもってしまうのだ。


 寮や省にて宿居(とのい)する者もいるが、それらでも夜を恐るる。


 この時期になると夜桜が美しいが、その桜を照らす月は雲に隠れてしまって見えない。

宵の空は次第に暗黒へと移り変わっていく。

それはあまりにも早すぎた。


 雲もまた、同じように早い。

わずかに見えていた月のほんの一部でさえ、気付けば雲がすべてを覆い隠してしまっている。


 暗黒に、何もかもが呑み込まれていく。


 その中で、緑色に光る瞳孔だけが、せわしなく動く。

 切れ長の目に埋め込まれた、妙なる――人ならぬ眼球が、ぬるぬると光沢を放つ。


「やれ、何も見えぬ」


 変声期を迎えて間もない、少年と青年の狭間のような声である。

 緑色の瞳が言うや、その横で、ぼう、と男の握り拳ほどの赤い火が発生した。


 面妖な火である。


 どこかに篝(かがり)があるわけでも松明があるわけでもないのに、火だけがある。