「それで、その怨霊が?」
「それでな、それでなあ、仲間と共にそれを見て大騒ぎしておってな、
仲間の一人が『おい、大宮と樋口の辻に落ちたぞ』と言うたのだ」
「大宮大路と樋口小路の辻、件の香の香りが一番強いという場所にか」
「うむ。
魂などと言ったら鬼には絶好の獲物じゃが、さすがにあれを喰う気にはならぬなあ。
見たところ人からできているようだし、人の怨念の恐ろしきことよ」
はああ、と首を左右に振り、妖かしは失望の声を漏らした。
いや、もともと人間に希望を抱くどころか、期待さえしていたわけでもない。
妖かしは失望も加え、さらに堕ち行く人間の姿に落胆している、といえる。
「そこでふと思うたのだよ。
怨霊のくせに自ら香に近づいてゆくなど、おかしくはないかとな」
いいや、遠子は香を身に着けていたが、物の怪は苦しむ様子すらなかった。
予想だが、あの物の怪は香に強いのか、もしくは恨みの強さゆえか。
怒りで我を忘れる、ということもあるし、たとえ香が苦手でも、
そういった感情や何やらが勝っていて、もう苦手どころではなかったのかもしれない。
「――と、いうことだ」
「それだけ?」
「それだけ」
妖かしはゆっくりと、そういった。
「それだけ、本当にそれだけなのだ。
他にも知っておることがあればぬしに話しておきたかったがなあ。
わしらには何も出来ぬからなあ。
ああ、陰陽師が動くところなのに、
ここの奴らときたら帝だの内裏だのと言ってばかりでなあ」
妖かしの喋り方は次第に「なあ」が多くなっていき、まとわりつくような口調に代わっていく。
ここまでくれば、もう最終的に妖かしが言いたいことは、清明でも理解できる。
清明も蓬丸も、もしや、と妖かしの最後の言葉を予想した。
「この怪異、暴いてくれんかの」
軽々と、妖かしは清明に要求した。
予想通りだった。