優しさを持つのは本当だが、同時に見えぬ欲望を持つ。

清濁あわせ持つとはこういうことを言う。いや、はなから清しか持たぬ人間など、この世にいようはずも無い。

清明にしても、お人よし、という濁を持っているのだ。

 摂関政治の平安時代、そのような地位に飢える人間など溢れんばかりにいる。

 遠子の瞳は、敵陣を見据えるような瞳であった。


「他人の思い通りになるなんて、いや」


 他人の思想や恨みに巻き込まれて死ぬのは、ごめんだ。

そういうことの裏返しで言ったのだろう。

遠子は、そういった周囲から抗うようだった。


「・・・失礼でございますが、斯様な事は、我ら陰陽師の分野ではございませぬ」

「もともと物の怪を追い出してもらうつもりで呼んだわけでは無いわ。

お話を聞いてもらうつもりで呼んだのよ」


 確かに、いちばん始まりは、右京に来る理由から始まったのだ。

そこからどんどん話がずれていき、仕舞いには物の怪を追い出すまでにいたってしまい、

挙句の果てには遠子の婚姻話の愚痴を聞かされる始末である。

 女のような顔とは言えど、清明は女では無いし、女の気持ちになってみたこともあまり無い。

なので相談に乗ることなど到底できやしない。

 もしかすると遠子は、誰でもいいからこの話を漏洩することの無い相手に、溜めに溜め込んでいた愚痴を聞いて欲しかったのかもしれない。

予想外のタイミング、予想外の場でその思いが堰を切ったのではないか。


「ねえ、今の私の気持ちが分かる?」


 遠子から半ば強引に同意を迫られたが、うなづこうにも根拠が無い。

遠子の眼光は相手を捕らえて話さない。強気、とかいう次元のものではない。

猫の如き目は磨きがかかっているようで、幼い頃より物の怪に憑かれっぱなしで鍛えられたとしか思えない。