「婆ちゃんが書いた小説を読んで貰ってこんな夢の見方もありなんだ!て思わせたかった」

「うん」

「…婆ちゃんの生きていた証の“白鷺千代”を認めて貰おうと思った」

「…うん」

「……アタシを含めて婆ちゃんを批判してきた奴等に目に物を言わせたかった」

「……うん」

「それが―――――せめてもの、恩返しかなって、」





寿々ちゃんの歩くスピードが徐々に落ちる。それに私も合わせる。



俯きながら歩く寿々ちゃん。



私は暗い夜道の先を眺める。



ずっとずっと続く長い道を。蛍光灯が点々と灯りを灯す。



きっと今の顔を見られるのは嫌だと思うから目は合わせない。でも寿々ちゃんは泣かない。





「アタシ、本当に昔からバカなことばかりやってきたんだよね。救いようがないバカだし」

「バカなこと?」

「うん。小説書き始めてからはやってないけど。手が折れたりするの嫌だから」





―――何なんだろうか、そのバカなこととは。大怪我したり手が折れたりする、バカなこととは。



日常で手が折れるような事なんて滅多にない。



不思議がる私に、はっきりは言わず曖昧に言う。その“バカな事”を私が知ることは望ましくはないんだろう。





「反抗期だったわけじゃないけど、ちょっとだけグレてたんだ」

「寿々ちゃんが?」





まさか、と私は目を見開いた。



暗いから私の表情が見えているのかは定かではないが、きっと声色で分かったと思う。



寿々ちゃんが笑ってたから。



グレてたなんて、今の彼女からは想像がつかない。





「この格好は一番アタシらしいと思ってる。元々メイクも面倒だし髪もどうだっていい。喧嘩よりゲームやってるほうが好きだし。小説も楽しいし。人に合わせるのも好きじゃない」





これが一番アタシらしいなって。そう言って朗らかにはにかんだ。



私は“自分”を持っている寿々ちゃんが羨ましかった。同じ空間に居るのに、明るい寿々ちゃんと、暗い私の間には、隔てる壁があるみたい。





「地味だと思う?」

「え、」

「みんな地味だって笑うしねっ!あはははは!でもこれがアタシなんだよ」





しんみりとした雰囲気とは一変、何もかも吹っ切れているみたい。笑顔が輝いている。



確かに地味な寿々ちゃんが寿々ちゃんらしいけど、前の寿々ちゃんも見てみたいと密かに思った。