月夜に釜をぬかれるような囁き。赤い赤い“春色”の人は私に囁いた。意味が、分からなかった。



私の目は揺らぎ、隠せない動揺と気がかりな様が目に見えていただろう。



そんな私に赤い人は続けて言った。あの赤い唇を歪ませて。



“全部、壊しちゃえッ”



酷く明るく、甚だしい赤。



黒の中に混じった、鮮やかで疎らに入った赤色の髪が目に入る。赤は黒によく栄えた。



今さら私に何を裏切れと言うのか。



――――――わたしの呟きを聞いていたのか緑川君が羊をわたしに返しながら言う。





「本当に裏切ればいいのに」

「………ッ」





手渡された羊の縫いぐるみは受けとることなく絨毯の上に転がった。コロンコロンと転がる羊を硬直するわたしは目で追った。



何気なくあのひとと同じことを言う緑川君に目を見開いてしまう。固まる私をジッと見つめる緑川君。探るような視線が何とも居心地悪い。





「俺様的に春の言い分は一理あるねー。偽善なんだよ、何もかも。“はい元通りー”なんて口先だけでしょ?」

「…おい」

「なに?間違ったこと言ってる?俺様はね、響子ちゃんのためを思って言ってるんだよ」

「んなの、ただの押し付けだろ。コイツはコイツの考えがある。外部が口挟むことじゃねーよ」





輝君は厳しく咎める。わたしが嫌いだと公言する輝君だけどいつも然り気無くフォローしてくれる。でも今の輝君はどちらかと言えば“上から”物を言っていた。



たまに諫める輝君に逆らえない様子の緑川君を見る。それは二人の上下関係の現れだった。



私を挟んで言い合う二人。正直、いま緑川君を見ることが出来ない。見てしまえばボロが出る。





「…でも、響子ちゃんが気づいてないだけでコッチに介入してるんだけどね」

「え?」





そこで漸く緑川君を見る。だけど相変わらずヘラッと笑みを浮かべるだけで教えてくれない。



彼が何を言っているのかさっぱり理解出来ない。



そこで板チョコを、ポキッとへし折った輝君が真剣な目で言う。私を見ることはせずドコか遠くを見つめるような目で。





「――――俺達と連んでる時点でお前は裏切ってるんだよ」