牙龍−元姫−

――――――昔見たことがある。それは実話を元にしたノンフィクション。大ヒット作として反響を呼び世界が涙した映画だ。十冠を受賞し一躍大々的な有名作品となった。



それはありふれた男女を取り巻くハッピーエンドとは程遠く切ないラブストーリー。



米国のとある街に住む女には愛している人がいた。親もいて、友達もいて、愛する男性も存在する。ごくありふれた日常。だが彼女はその“日常”に劣等感を感じていた。



彼女はとりあえず刺激を求めた。スリリングな―――――何かを。



その感情が爆発して遂に愛する人を棄てて別の男と夜逃げをした。彼はきっと追いかけてきてくれると彼女は信じて疑わなかった。



昨夜見た映画のようなドラマチックな内容になると胸を高鳴らせた。






しかし現実はそう上手くいかない。



なんで？どうしてこないの？私を愛していないの？……不安が積もりに積もる。



結局、彼女は愛する人を忘れられず迎えに来て貰う筈だった予定を変更し自らが故郷に戻る。





―……そうしたら衝撃の事実が彼女を待っていた。



何と愛する彼には既に別の綺麗な女性が傍に寄り添っていた。それ自分の大切な大切な、…友人で。



泣きながら女はすがり付き足掻いた。愛する人には自業自得だと言われ“過去”だと拒絶された。



なぜこんな事になってしまったのか。愛は偽物だったの？ただ彼の愛を確かめたかっただけなのに。



そして彼女は途方に暮れた。愛する人や友人に見限られ、夜逃げして恥を晒した子供は要らないと親には決別された。



全てを失ってしまった、失ってから“当たり前の日常”の大切さに気がついたのだ。



女は私にはもう何も残っていない。未練もない。あの人がいない今も未来も必要ないの。だから未来が来る前に此処で“今”を終わらそうと考える。そして、





―………女はひとり氷河の海に身を投げた。



その女の死は誰にも知られることなく、静かに冷たい海に沈んでいった。しかし、それでも彼女はとても幸福に満ちた顔で…





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「あの、映画みたい…」



きっと氷河の海はこの冷たい壁より、更に冷たかったんだろうね…



哀れな彼女を思い浮かべてソッと小さく呟いた。