山には精霊はもちろん、さまざまな獣が潜んでいる。
 大きくて獰猛なものや、素早くて獰猛なもの…つまり、危険な場所でもあるのだ。
 しかしそういう類いは、大抵夜に行動するため、昼間であればそれほど問題ではなかった。
 月夜は、昼間に山を歩き回り、霊山と神山の境界線をうろうろしながら、式となる精霊を探した。
 だが……2の月、3の月が沈み、やがて4の月が昇った。
 月夜に残された刻は、あとわずかになった。
 焦りを感じた月夜は、昼間だけでは事足りないと、5の月の夜、意を決し外へと飛び出した。

 暗く、水底のようにたゆたう景色が、月夜の視界に広がっていた。

「やはり、火がなければ無理だな…」

 月明かりの下、自分より何倍も背の高い植物たちに遮られ、光りはぼんやりとしか道を照らさない。
 わずかでも横に逸れれば、そこは奈落の底かもしれない。
 月夜は松明を灯して、馴れない夜道を満足な武器ひとつ持たずに進んだ。
 ざわざわと音もなく、騒がしげな空気が充満している。
 時おり耳に届く、断末魔の叫びにも似た獣の声。
 勢いづいて出てきたのはいいが、月夜は今更ながら背筋がゾクゾクしはじめた。
 ここに来る前に、白童からは獣避けのアンアラの札を授けられていたが、昼間ならいざ知らず、闇を跋扈する獰猛な獣にそれが通用するのか?
 もしいま襲われたら、確実に退けられる保障はない。
 もしくは――そうなる前に精霊を見つけ、我が手に下してしまえばあるいは…。
 月夜は祈る気持ちで、目の前の暗闇に目を凝らした。

「左は敖広帝万兵を避け、右は白帝不祥を避け、前は朱雀帝口舌を避け、後は玄天上帝不鬼を避くる、東方西方南方北方前後扶翼、急ぎ急ぐこと律令の如し」

 月夜は、守護祈願の呪を唱えながら、昼間通ったはずの道をひたすら歩いていく。