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 月夜は、つい半節(2ヶ月)まえに養父から贈られた、ガルナ一速いと謳われる馬を駆っていた。
 向かう先は、神の国へと続く神山(しんざん)に連なる霊山の麓。
 そこで、月読となるための儀式でもある精霊の調伏を果たすために、月夜は早馬でも一刻半(約3時間)はかかる道を走らせた。
 山籠りの身支度を整え、単身で霊山に乗り込む。猶予は7度目の月が昇るまで。
 それでもし、式を手に入れて学舎に戻らなければ、月夜は月読になるどころか学舎にもいられなくなってしまう。
 正直、どのような精霊と対峙するかも知れないのだ、命の危険さえあるこの試練を、まだ幼さの残る少年が一人で乗り越えるには、あまりに苛酷だった。
 学舎を出立してから一刻すぎ、月夜は白く山肌に雪の残る霊山が入口へと脚を踏み入れた。
 山の様子は何度か来ていてわかってはいたが、これまでは忙しい合間を縫って連れてきてくれた養父がいない。
 それだけで、山はその存在を深く大きく見せる。
 月夜は首筋が冷えていくのを感じると同時に、気の引き締まる思いで山に挑んだ。

 乗ってきた馬を山麓の草と水がある広場に放してきた月夜は、本当に一人きりで山を登りはじめた。
 緩やかなすそを獣道にしたがって歩いていくと、半刻ほどで小さな小屋にたどり着いた。
 なりは少々年季が入って見えるが、しっかりと石を積み上げて造られた土台に千年木で組まれた壁は、雨風をしのぐのに充分役に立つ。
 月夜はそこをねぐらに、これから7の月が昇るまで、己の式を探さねばならない。
 ふと、あることを思い出して背を振り返った。
 気配だ。
 自分以外誰もいるはずのない場所で、月夜は何者かの視線を感じたことがある。
 それはたびたび、しかも月夜が幼い時からずっと、続いてきた現象だった。
 なぜか、それが自分を見守っているように感じて、独りになるとつい辺りを見回した。