雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「謹慎やゆうのに、真面目に執務でっか? 月夜様はホンマに一生懸命で…」

 まだ痛むのか、蹴られた腹をさすりながらイシャナが感心する。

「お前は本当に王に仕える人間か? 謹慎を休暇だとでも思っているのか」

 机上に積み上げた書物をひとつひとつ確かめながら、手掛けている研究に必要な物を書き出していく。
 地味な作業だが、重要な仕事だ。

「疲れてはるのに、思とるだけです。無理はせんといて下さい」

「お前に云われなくてもわかっている。それよりいつまでここにいる気だ? しばらくは面倒みられないぞ」

「おかまいなく。俺はこうして月夜様を眺めてるんが仕事やもんで…」

「は? お前は本当に何をしに来たのだ」

 いつも飄々とした態度を苛立たしく思っていた月夜だったが、ふとここに宮の者ではない人間がいることに気づく。
 しかもこの者は、誰の目にも怪しまれず自由に動き回れる唯一の怪しい存在なのだ。
 考えてみれば、そんな奴を一番に調べるべきだったのに、月夜はいまだ彼のことをなにひとつわかっていなかった。
 悟られぬように意識をイシャナに向ける。
 呑気に鼻唄など歌う姿は、どこから見てもただの木偶にしか見えない。
 もしこの者がこれまでのことに関わっていたとしたら…?
 月夜は静かに息を飲んだ。

――考え過ぎか…?

 あの夜、宮から式を走らせたのがもし、イシャナだったとしたら。
 十六夜を襲ったのがもし、イシャナだったとしたら。
 白童様を……帝、を暗殺したのがもし……イシャナだったとしたら――。
 座っていた椅子が勢いよく倒れた。

「……どないしはりました? 月夜様」

 邪気のないイシャナの顔を、月夜は直視できなかった。