月夜はハッとして、眉間にシワを刻んだ。

「お前の国では、その最重要事項とかいうのを、ペラペラと他国の人間に話して聴かせるのか?」

「そないなことあらしまへんけど……なぁ、月夜様」

 イシャナがおもむろに顔を近づけてくる。
 月夜は今すぐにでも、この場から逃げ出したい衝動にかられた。

「このガルナでは違うようやけど、うちのナーガで式の属性に優劣つけるんは…いけず云うんです」

「なにが云いたい」

「そやから、神も魔も、同じ神様やと云うことです」

 意味深な笑みを浮かべ、顔を引っ込めると、イシャナはゆっくりと背を向けた。
 肩越しに片目を器用につむり、ほなまた明日と云って立ち去った。
 彼の言葉が耳に残ったが、今の月夜にはその意味を理解することは出来なかった。

「同じ神? 馬鹿なことを……魔物は魔物だ。その属性を式とする者だって……」

 月夜はくちびるの裏側を噛むと、イシャナの去った方とは逆の、帝の後宮に脚を向けた。
 しかしゆく先はその後ろ、後宮の背を守るように切り立った崖の上。
 その昔、ガルナの祖、朱雀(すさ)帝が、大陸の真ん中にあるとされる神の国からつかわされた山である。
 そこは、不可侵の領域。
 唯一、精霊が生まれ出ずる場所。
 能力者はみな、そこで己の式を得る。
 月夜もまた、月読となるべく鍛練を重ね、その最終試練である式の調伏を成したところだ。
 しかし、イシャナの言葉を今一度想起する。

「魔生の式……か」

 神魔の属性。
 能力者の潜在能力は、その人間の性格のようなもの。
 自ら属性を選ぶことはできない。
 だからと云って、必ずそのどちらかの式しか使役できないわけではない。
 相性というもので、属性に叶った方が、段違いに強い式を、思い通りに操れる。
 だがもし属性や力量に反した式を操れば、逆に己が式に取り込まれることもあるのだ。
 月夜は、初めて精霊を調伏した時を思い出していた――。