雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

「あれは役にたったか」

 雪の言葉に月夜は眉をひそめた。

「役に…? どういう意味だ。阿修羅は、ボクの身代わりになったんだぞ! どうしてそんなこと…」

「俺がそうしろと命じた。あれは従っただけだ」

 月夜は瞠目した。
 雪の云ったことが真実なら、やはり阿修羅は彼の式だったということなのか?
 しかし、なんのためにそんなことを命じたのかがわからない。

「そこまでして…ボクを守らせたのはなぜだ? 雪…いや、羅刹」

 結局、己で墓穴を掘った月夜は、一番畏れていた闇の支配に下ることを選ぶしかなかった。
 人間が魔物の式になるなど、前代未聞の出来事である。
 そもそもなんの力もない人間を欲しがる魔物とは、いったいどれだけの噴飯者なのだ。

「…面白そうだったからだ」

 一瞬わが耳を疑った。
 なにか、とてつもなく理不尽な理由を口にされた気がする。

――面白そう? 面白そうという理由なんかで…?

 月夜はゆっくり立ち上がると、仇を見るような目で魔物を睨み付けた。

「あなたが命じなければ…阿修羅は消えずにすんだ! いや、ボクが無茶しなければ阿修羅は…」

 月夜の頬に、滴がいくつも流れ落ちる。

「どうしていつも…ボクは誰も助けられない? 白童様だって…ボクが気づいていれば…きっと…」

 それまではりつめていた心が、阿修羅を失ったことで一気に均衡を崩した。
 行き場のなかった悲しみや寂しさ、憤りが怒濤のように月夜を襲う。
 子供のように泣きじゃくりながら、傍にいた魔物にこぶしを叩きつけた。

「嫌いだ! お前なんか、大嫌いだ! それから……こんな弱い自分も……」

 雪はそんな月夜を、ただ静かに受け止めるだけだった。