魔物の背中には、牙のようなコブが左右縦にならび、まるで羽をなくした翼のようだ。
 おぼろ気な記憶にある、前に見た大きな魔物よりもずっと人間に近いくらいだが、その存在感にはやはり、畏怖と畏敬を抱かされる。
 これから自分がどうなるのか想像もつかなかったが、月夜はこれで二度も魔物に助けられた。
 視線をくぎづけにされ、身体を動かすこともままならぬ月夜を、魔物がゆっくりと振り返った。
 太陽のない世界の七色の光が、その顔を浮かび上がらせる。
 それを見た月夜の鼓動は加速した。

「もう逢うことはないと云ったはずだ。なぜお前は自ら滅びの道を選ぶ?」

 そんなことを選んだわけではないと、月夜は云おうとした。
 しかし、開いた口からこぼれたのは、大量の鮮血だった。
 魔物が近づいてくる。
 瀕死の月夜にとどめをさし、その血肉を喰らうためか?
 月夜は己の最期を悟り、全気力をふりしぼって魔物に問う。

「……ど…して……だ?」

 なぜ何度も自分の前に現れるのだ。
 そしてそれがなぜ、魔物であったのだ。
 いまの月夜には、それだけが叶えられる選択だった。
 消え入りそうな声でその名を口にする。

「……雪……」

「ああ」

 顔にも紋様が刻まれた彼のあまりにも静かな表情に、月夜は死期を忘れ魅入られた。
 不思議なほど、心は穏やかだった。
 不安の欠片もない。
 と、雪がかがんで月夜の頬に触れた。
 その手が思いのほか暖かくて、月夜は目をとじる。
 ふと、白童の顔が浮かんだ。

――悔しい。

 月夜の感情が雫となって頬をすべり落ちた。

「……死ぬのが嫌か?」

 雪の言葉にまぶたを上げる。