それでも阿修羅は、いたぶるように飛びかかってくる魔物に牙を剥いた。
 阿修羅の身体にいびつな傷がつけられていく。
 精霊の身体が傷つくということは、魂が傷つくということだ。
 傷が増えるたび、阿修羅は目にみえて弱っていく。
 その悲痛な姿に、月夜は必死に身体を動かそうとした。
 なんとか頭だけを、わずかに動かすことが出来たとき、まわりの光景を目にした月夜は愕然とした。
 この美しい世界には不釣り合いの、禍々しい妖気をまとった獣どもは、すでに数えきれないくらいに膨れ上がっていたのだ。
 月夜の中に、恐怖など越えた、自嘲めいた感情が込み上げた。

――ボクは……馬鹿だ。

 自分を罵倒する言葉ばかりが頭に浮かぶ。
 そして瞳に映る惨状に、たまらず涙があふれた。

「も……いい……あす…ら、にげ……」

 力を振り絞り、阿修羅を逃がそうと促すが、彼は退こうとしなかった。
 見るからに満身創痍の身体で、まだ魔物に歯向かおうとする。

「…あ…すら…っ」

 月夜の声を訊いて、阿修羅は最後の雄叫びをあげた。
 その巨体が月夜の上に落ちてくる。
 せめて月夜を、己の身体で魔物の爪から庇うかのように。

「だめ…だ、こんな…の…」

 阿修羅の姿が視界から見えなくなる。
 月夜はわずかに動かせた手で、やわらかな毛並みを撫でた。
 その身体はなぜかとても暖かい。

――そうか、魂は…暖かいのか…。

 完全に力を失いまぶたを閉じた月夜は、頬に強い風を感じてふたたび目をあけた。
 今まさに獲物に飛びかからんとした獣のひとつが、月夜の目前から突如消え失せた。
 かと思うと、そこを中心に獣どもが横倒しになる。
 月夜の薄れかけた意識が一瞬にして醒めた。

――まさか…

 心臓がまたひとつ、大きく鳴り響いた。