名を印したそれを額にかかげると、光を放ち巨大な鳥が姿を現した。
 ドクンと心臓が鳴り響いた。
 いつもより強い感覚に戸惑いを感じながらも、月夜は叉邏朱に敵を蹴散らすよう命じた。
 叉邏朱は天を裂くような鳴き声をあげ、月夜の頭上で大きく羽ばたいてみせた。
 傍まで近づいていた複数の獣が、叉邏朱の攻撃を飛び退いてかわす。
 しかしその衝撃は凄まじく、月夜を囲む辺りの地形が変わってしまった。

「すごい…」

 式の力に感嘆の息をもらした月夜は隙を突かれ瞠目した。
 死角から迫っていた妖気が、一瞬にして身体を貫いたのだ。

「……っ……」

 声をあげる間もなかった。
 月夜の身体は人形のようにグニャリと崩れ、阿修羅の背中から転げ落ちた。
 慌てた阿修羅が月夜に駆け寄る。
 仰向けに倒れたその顔を懸命に舐めるが、主は放心したまま死んだように動かない。
 月夜の影響を受けて、叉邏朱は狂乱していた。
 その姿に、近寄ってきた影が次々飛びかかる。
 叉邏朱は呆気なく力尽きた。
 その矛先が今度は月夜に向かう。
 阿修羅は威嚇の唸りをあげ、月夜を足許に隠した。

「ヨコセ……ソノニク……ソノチヲ……ヨコセ」

 片言のたどたどしい声がした。
 それはどうみても、人間とは似ても似つかない醜い姿をしていた。
 だが、その瞳にはわずかにだが知性が宿っている。
 それが放つ妖気も、精霊のそれではなかった。
 魔物…人間からは醜悪と畏れられる悪の化身。
 それがいま、月夜の身体を引き裂こうと、よだれを垂らし唸っている。
 それだけではなかった。
 月夜を狙う獣は増え続け、すでに10以上にものぼった。
 阿修羅には完全に勝ち目はなかった。